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2016年3月 9日 (水)

新聞の時代は終わったか

朝かなりの雨、しとどに濡れた木々の間を、新聞を取りに出る。

幸いポリ袋で包んであったので、新聞は濡れてはいない。

濡れると新聞はもうたわいもないゴミである。

乾燥さしても昼までかかる。

最近はあまり新聞を読まない。テレビやラジオ、そのうえパソコンなどの影響らしい。

そちらの方がえらく鮮新に思える。

ニュースは只今のことでないとダメになりつつある。昨日では古いのである。

新聞もさるもの、事件ニュース性のものにはさして力を入れないで、読み物本位の彩りを添え、あるいは国外などの報道に力を入れているように見える。

私が愛読していたある雑誌が最近廃刊した。

新しい資料を見つけ出しては、世の思い込みを是正さしてくれたりした。良い雑誌だったのに、ネタが尽きたというのか、経営に破綻が生じたというのか、私にはわからない。

さして競争が激しくて敗れたとも思えない。只残念である。

新聞にも地方紙など苦しいとか、そういえば町村単位の小新聞の類はもうまるで影も見えない。

新聞のページ数は極端に増えた。読者の幅を増やすためか、雑誌並みである。

座してネタの拾い込みを待てば成り立った商売はもう過去の夢である。

これでは儲からないだろう、新聞も難しい商売になったなあ。

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2016年3月15日 (火)

スクロヴァチェフスキー

日曜日の夜遅く、スクロヴァチェフスキーの指揮するブルックナーの第8交響曲を読売交響楽団と何年ぶりかで、再演した演奏会の放送があった。

最近は面倒なことは何もできなくなったのだが、昔とった杵づか古いレコーダーはまだ扱える。

2時間予約して丸取りした録画の指揮ぶりをDVDにダビングしながらもう一度聞いた。

ブルックナーの交響曲第8番はうんざりするほど長い。なんでもありの曲だから、壮大なとしか言いようがないが、曲がいい悪いなどという実感は私にはない。しかしスクロヴァチェフスキーという人は現在92歳というがこの長大な曲をアンプで指揮してのけるのだから、すごい。

まるで化け物だ。

手振りの細かさなどどうだといいたい。声に出しているかどうかはわからないが、絶えず口元は動いている。

ゆるぎない80分間の演奏姿勢はまさに卒寿老人のものではない。

おどろいたなー。

ハープの3台をはじめ、管弦楽の楽器のほとんどすべてを並べ、曲の豪勢さを実証してみせる。

92歳は私より4つ若い。

杖をつかずに舞台を横切る姿は、老人には違いないが、姿勢の良さは抜群だ。

今年の1月21日東京芸術劇場で読売交響楽団を指揮したものだから、観衆がどよめくのも無理がない。

アンコールが止まず5回目にはとうとうコンサートマスターの肩に手をかけ連れ出してしまい、舞台を閉めてしまった。

素晴らしい芸術家の生き様をよくぞ見させていただいた。

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