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2016年2月17日 (水)

年頭の辞でなくて年末の辞

中国の文化に何千年も影響されてきた、この極東アジアの人々は、お正月を2度持っている。

今丁度2度目の正月を終えんとしているばかりである。

思い返しの年頭の辞というものが存在するなら、それを今ここに述べてみたい。

億千年の昔、人類が地球上に発生した時は、ほん微弱な生き物に過ぎなかった。

ただ他の生物とは異常に頭脳の細胞が多かった。

他の生物はおろか動植物なんでも、自家の都合の良いように変化させて利用する技能を進化させた。

地球は今この人類の後輩たちの所有物化さんとしている。

おっとそうはさせないよと天地創造の神は盛んに罰のつぶてを投げつけて居られる昨今である。

およそ生物には、皆この世に存続する年限が与えられている。

生物は自分勝手に生きているわけではない。生かされてるだけである。

与えられた寿命はその生物各々のものとして、千差万別、人類も100年はもう限界だろう。

振り返ってわが人生を見ると、幼少の頃より思う様に誰かにあやつられて来たなという思いが強い。

20歳満洲の会社に就職、父の死後すぐ、親戚の非難の目を排除して。

21歳から丸6年兵役。

戦争で家も職も失い、転々としている時、恩師に誘われ農協主任職、10年。

37歳、他人の甘言に乗り、保証債務弁済のため資産を失う。同年、百貨店を企画し実現するも営業不振で3年後40歳の時倒産。

翌年大進産業(友人経営)に就職。

45歳同社を退職して、ジャパンドライクリーニング(株)経営。

49歳同クリーニングを森重武男に譲渡し、日本キーサービス(株)設立発足。

57歳まで九州、中国各地10店舖経営、58歳日本キーサビス経営を断念し、逐次縮小にかかり、

60歳、大進産業に再就職。

63歳、キーサービス店舗全部処分を終わる。大進産業退職。同社の洗浄剤部門の委託販売を継承。

66歳、洗浄剤販売委託業務を大進技研(株)に委譲。

71歳、乾癬発病。

76歳、日本キーサービス(株)を法令解散し、宮本計装(株)に¥150000.で売却。

77歳以降世界各地遊覧に明け暮れる。それからもう20年経って96歳である。

人生に遺産らしいものは何もない。存在価値無といってよい。

私は結局うまく終始のつじつまを合わされた存在らしい。

今すぐ死んでも何も波風は立たない。

年頭の辞でなくて、年末の辞だな。やはり私の人生は誰かが面白くつくりあげたものだろう。

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2016年2月18日 (木)

長寿を生きる

私が現在通っているデイサービスなるものは、老人など要介護者のため作られた法律に基づくものだが、通うと言っても自分の足で歩いて通うのではない。

すぐ近くの何百米かを車で送り迎えしてくれるわけである。

私の場合は一番軽度の要介護支援者ということで、1週間に1度3時間ばかり体操のごときものをさせらるわけだが、なにもしないで寝起きだけしていた私には、結構楽な運動ではない。

94歳の時始めたのだが、もう丸2年を超えた。だから今96歳である。

同じ場所で同じことをしているものの内、私は2番目に年長だが、一番は女性で20日年上である。

ここでも女性天国だが、老人の7、8割を占める女性天国の日本だからしかたがない。

毎月一度きちっと測定してくれる、健康度も良くはなっても悪くはならない。どうも効果覿面といったところらしい。

膝や足腰がいつも痛くて、このままでは間もなく歩けなくなるぞと思っていたのが、いまは嘘のようにどうも感じない。

心臓もわるくて、息が苦しくて横にもなりにくくなってたのが、これは医者のせいもあるだろうが、1キロ2キロただ歩くのではなんでもない。

つい最近人に煽てられて、百歳まで生きられると言われ、その気になってるのだが、私の親戚を見渡しても、百に近づいた人は一人もいない。

一人家内の妹の一人が嫁いだ先のばあさんが98歳で最近なくなったのがづぬけているだけである。

あの有名な郷土の女流作家宇野千代女史は家内の伯母の若き日の仲間だった関係上、我が家の話題にはよく現れたが、これとても百歳以上生きると公言したが、98歳でこの世を去った。

百にはやはり鬼門がありそうだ。公言はやめとくことにしよう。

昨日今日の体調の変化によっては、明日がわからない。

やはりはかないものである、人生は。

今日を自覚ししっかり生きていくしかない。

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