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2016年1月 6日 (水)

卒翁の念頭の辞

若い時は年が改まると心まで年頭とか称して、何か大きな目標でも掲げて一仕事したくなる気持ちを抱いたものだった。

結局何も実現せず、悔いだけ残る年が多かった。

その経験もあってか、老年期に入ったらもう何の希望も抱負もなく、わずらわしい年末年始行事に追いまくられて、なければいいのにと恨み言の一言など出るばかりであった。

96歳になる今年はちょっと気持ちが違うようだ。

年末に先に運転免許鉦を更新したように、前向きにあとの人生を取ら得られた。

こじつければ、8回目の干支回帰年だし、百歳もあと4年と近づいた。

なれるものならなってやろうじゃあないか、ふつふつと久しぶりに血のたぎる思いに駆られる今日この頃ではある。

私は軍隊に取られてから、まるきり自分の思う人生はなかった気がする。

全部天の神と言おうか、神仏の思うままにあやつられた奴凧そのものだったのではなかったか。

恩師の思惑に踊り、親友の都合に拾われ、独立して自分の志みたいな事業に飛び込んだのは、昔だったら老年期に差し掛かる45歳だった。

7年の軍隊生活から脱出して、戦後帰国するや、まもなく悪意を持った人物に手もなくあやつられて、爆撃で粉砕された跡形までもだまされ、残さず失っていた。

転々とした挙句、飛び込んだ事業は考えたこともなかったクリーニング業だった。

これは助けてくれた親友の援助もあり、思いがけず大成功だった。

しかしこれとても内輪のもめごとから、自ら手をひき、改めて鍵の複製という珍奇な商売に身を置いた。

販路は岡山から九州熊本まで、勢いはよかったのだが、距離がありすぎて、自動車の燃費ばかり嵩む(自動車はロータリー車)、結局は経費倒れとなった。

49歳の時から60歳になっていた。

この年先の友人横山君の会社に再度復帰し、要職をいただき精出すことになった。

4年位して、一部門を譲り受け、会社を起こしてしばらく専念する。

70歳前後になると、力を出す仕事はだんだんできなくなり、縮小の一途を志す。

もう年金に頼るしかなかった。

わずかながら私には軍人恩給も支給された。

若き日のご奉公の報酬だと思えば、遠慮する気はなかった。爆撃で財産を失い、その国家補償はなにも受けていなかったし。

そして荏苒日をすごすこと20数年。

遊び癖がついた気もする昨今で、すこし世間に申し訳ないかなと、謝りたい気のする毎日である。

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