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2015年6月11日 (木)

地元ゆめタウン開店を祝う

土砂降りの雨の朝。

ゆめタウン廿日市正式オープンの日であるが、飛んだ受難、勢いを削がれた客も店主も多いことだろう。

テレビ見せられたオープンの模様では大した車の数で盛況にようだ。

ともかくもこの盛大さは嬉しい。成功を祈ってやまない。

中国九州四国に展開するゆめタウンのうち最大の規模ということだ。

森重叔父の同級生の山西義政氏が創業者だが、今存命中で、彼を友に持つ自慢話を今は亡きその叔父からよく聞かされたものである、現社長はその養子だそうだが、力を貸したのか社長がやり手なのか、大したものである。

事業というものは成功するのも失敗するのも要因は多彩で、どちらかといえば失敗者が多い方だろう。 

ここまで行けば大成功である。生涯を祝って終わることができる。

この地方では東洋工業の松田恒次、ユニクロの柳井正がいる。これらは世界に進出した一枚上段というべきかもしれないが、華々しさは劣らない。

そこへゆくとなんどもなんども失敗した私などは長生きしただけで、残せるものはおろかその影すらもない。

開店を知らすアドバルーンはゆめタウンよりたくさん上げた記憶があるが、経費がかかっただけの話であった。

この土砂降り願ってもない喜ぶべき現象なのである。

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2015年6月14日 (日)

私の幸福感覚

暑からず寒からず丁度良い天気。早ビルを食べて廿日市に帰る。

庭の境界植え込みを剪定する。かなり伸び放題になっていて、家内がひどく気にしていたので、私が気をきかしたわけ。

かんかん照ってくれるとかなわんのだが、そよ風は吹くし丁度よい。

明日から後半月に入り、年金が入るが、右から左に己斐の家賃を20万振り込まなくてはならない。

何か負担のはずのこの支払いが、誇らしい気持ちを誘発するのはなぜだろう。

自由に買い物したり、旅に出かけたりの時代が終わって、鬱屈していた気持ちが晴れるからだろうか。

金銭を貯め残す趣味は私には昔から全然ない。

家内はこつこつ貯める趣味である。

この二人が一緒で65年も暮らしたのだから、今のような結果に自然となったのだろう。

相性とは不思議な感性である。

何はともあれ調和していなくてはならない。いい結果は出ないと思われる。

今となってはちょっと早すぎて無駄だったかなと思われる、己斐への移転も案外気休めになって愉快である。住み心地は決して悪くない。家賃も全く気にならない。

就中駐車場が丁度良い場所に、手頃な価格であってよかった。

ずいぶん気持ちが楽である。

まさに終わり良きこの暮らしぶりは神の給える褒賞か。

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2015年6月17日 (水)

私はこの頃転ばなくなった

デイケアー相変わらず賑やかである。

定員を一人割ったけど空けたままにしてあるから、家内の入会を誘ってくれと西田さんや田中さんから勧められる。

さて本人の真の意向はどうなのか、はっきりとは言わないからわからない。

しかし市役所からは肝心の介護資格が届いたわけでないからどうにもならない。

こんな情報は不思議と早いなあ。

今日は少し体が重たくて、回数をこなすのがややしんどかったが、なんとか実施し終える。

まあこんな程度だから無理ではないだろう。

最近ほとんど転ばないし、従って怪我もしない。

じっくり振り返ってみて、今年になって全く怪我をしていない。

去年は夏、8月9日夏風邪をひいて、起き上がりにふらついて転び、腕などあちこち怪我をした。

丁度盆休みに入っていたから、休診が多く、娘らが車で市の救急診療所に連れて行った。

風邪薬はその診療所でくれたが、怪我の治療は広島市の長尾クリニックに行けといわれ、そちらで治療を続けた。

一昨年は7月17日に買い物をして帰宅したとき、玄関口でその買い物荷物に気を取られて、バランスを失い転んで、腕を大怪我をしてしまった。

近所のせいこう外科に行って治療を何日も受ける始末になったが、腕の付け根をタオルなどで止血したのがよくないと、大目玉を医師から頂戴した。

その年の1月3日やはり朝玄関で転んで腕周りを怪我してかなりの出血をした。これは医者にはかからなかったが。

それ以前も、そっきょうな性格だから、数え切れないほど転ぶし、怪我をした。

しかしこの2年間の大怪我ですっかり性根が行って、行動を慎重にし、怪我につながるような行動をしないように努めている。

油断はできないが今年はもう大丈夫だろうと思ってはいるんだが。

私の家内は見ていると、動作が鈍すぎると思えるくらいゆっくりで決してあわてない。

インカン遠からず、すぐ目の前にあったのだが、気づくのがあまりにも遅すぎた。

この真似をすればいいのだと今思っている。結婚してから六十余年彼女は転んで怪我したことは一度もない。その必然の根幹はその動作であることが今はっきりと私にわかった。

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2015年6月24日 (水)

私とデイケアーサービス

デイケアーなんて、数年前まで私は考えたことはなかった。

ただ体操ジムみたいな、自己健康管理のための施設があちこちにあり始めたことは気づいていた。

もちろん自分に関連付けて考えることはなかった。

若い時なら一応考慮することの一つだったろう。

90歳を超えてまさか関連がこれほど深くなるとは思わなかった。

もともとシャイな性格だから、見ず知らずの人たちと一緒になって運動するなんてまず一番嫌いな社会生活だった。

家内はよく知っていたので私の変心にはいささか驚いているらしい。

かって80歳になった年、町内から請われて会長に選ばれたことがる。

100戸足らずの町内だが、普段から仕事にかまけて、留守が多く、近所付き合いは家内に任せ、隣人すら顔を覚えることがなかった私を指名してきたのだから驚き慌てた。

ひたすらお断りしたのだが、他に適任者がないとて、とうとう押し付けられてしまった。

任期は2年間だからまあいいや、ご恩返しのつもりでと決心してなんとか勤め上げた。

人前に出るということの煩わしさをなんとか乗り越えられた。

これが一つの転機だろう。こんどのデイケアーはそんなひるんだ気持ちはまるでなかった。

逆に衰え行く自分の体を見た時やはり深刻にならざるを得なかった。

なんとか息耐える瞬間まで、心身ともまともでありたい。

絶えず見かける身体障害者の、その様にはなりたくないとの一心が私のシャイな気分を一掃した。

結果が今善と出たところである。

もちろん今引き返す時間的余裕はない。

今95歳5ヶ月、現在の同行グループの最年長であるが、あといくつの時間が続けられるか、最後までこの思いを貫きたい。

皆が固唾を飲んで見守ってくれている、それらの期待にも答えたい。

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2015年6月26日 (金)

今は昔

全国的に雨が強いのが、今年の梅雨の特徴らしい。

昨夜は当地でも豪雨の音で真夜中心配で目覚めた。

窓を開けて寝ていたのでまともに雨音が耳元を襲った。

崖崩れしそうな場所に住んでる人たちはさぞかし心配で眠れないのではと思ったりする。

ごうごうと地鳴りする木立の音は悪魔の声に聞こえはしないか。

小さい頃田舎だった岩国で成長して度々豪雨被害を目にしてきた。

山裾のうちが多く、夏はすずしいが、雨の季節にはただ恐ろしかった。

部落を貫流する小川は絶えず氾濫をしていた。

元干拓地だから、干潮時を利用して、海土手の扉守りが調節するだけの対策だから、数日も降り続けばまず水浸しはまちがいなかった。

排水施設の完備した現状からは全く想像はできない。

ついでに言えば今の岩国飛行場などは海の真ん中にできてる飛行場なのだ。

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2015年6月29日 (月)

我が余生

梅雨らしからぬ爽やかな晴れた朝である。

朝の空気は冷たく風がその冷たさを吹き込んでくる。

市の介護課から何か言うてくるかと思ったが別に音沙汰ない。

明日はデイケアーサービスセンターにこちらから連絡をとらなきやならないかもしれない。

いそぐことはないのだろうが。

老人のことは何事もゆっくりがいい。

暇に任せて古いブログを読み返す。

想像以上に活発な論調を吐いてるのだなあと驚く。

もうあの当時の元気はない。

OS9が入っているiMacにスイッチを入れる。時々使ってやってるのだ。

使ってやってれば元気に仕事をしてくれる。もう一つOS4のがあったが、ある時から反応しなくなった。

アップルの画面が出るだけである。

放っておいたのが悪かった。

昔使っていたカシオのワープロはまだ働く。ワープロだけだからパソコンの比ではない。

老いては何でもダメだ。

ウインドウズのポータブルがもう一つよく働いてくれる。ただネットには入れない。ワープロみたいなものである。

他に何をすることもない老人だから、できることで、7.8時間はかかり付けているのではないか。

今は古い記録をひもどくのが仕事だが、あきないね。

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