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2015年4月14日 (火)

死ぬかとおもったが案外軽かった

せいこう先生から紹介状をもらったので、裏の上野さんのタクシーで9時家内と二人で広島総合病院に行く。

紹介状の威力甚大で、受付するとすぐ呼び出されて、診察準備がなされる。

小百合もそのうちやってくる。

11時には担当医赤沢先生の診察終了。レントゲン写真などから胸に水が溜まって息苦しいのだそうだ。

入院も覚悟していたが、家からの距離が遠くないし、通院の方が運動にもなるし、他の機能が低下するのを防げるからいいといわれる。

病院内の食堂で昼飯を食べ、私たちはタクシーで、小百合は電車で帰る。

次は4月20日(月)に予定される。

オチクボ内科の予定はは小百合が断っておくとのこと。

今日は昼寝も楽だし体調はうってかわってよろしい。

午後家内が介護担当の尾形さんに連絡して、貸しベッドをお願いする。夕方には深川医療器(株)からベッドを持てきてくれる。月1400円のリース料だそうだ。わりと安いのでは。

もう二階で生活するのは無理だとの家内らの判断からである。

現状では私が黙って死んでいても仕方がないので、皆が困ることだし一応素直に従う。

上半身も足もあげられるし、便利の良いベッドである。

買えば30万円もすると店員の三谷さんが言っていた。

こんばんはその厄介になる予定だ。

エンジョイブログに4月6日投稿を始めた「先の大戦と私の青春」は昨日13日終了。

「初年兵時代」と「広東橋日記」の2編を織り込んで、「私の軍隊生活」をかなり長大にしたものになった。

戦争も軍隊も知らない、若い人の幾らかでも参考になるだろうか。

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