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2014年12月31日 (水)

おいぼれの寝言

朝方は日がさしていたが、予報通り雲が出て、夕方には雨となるのか。

千代らはレンタカーで家内をつれて出て行く。若い血が落ち着かせないのであろう。

もっとも昼すぎには帰ってきたが。

大晦日は何もしない私は粗大ゴミとして扱われるだけで、そのかけ声がうとましい。

NHKの紅白も関心ない。何年いや何十年も見ていないだろう。

婿さんがその分こき使われたらしいから、あいこである。

明日の夜明けから昔だったら、歳をとったと言った。

数えの96歳、一月もしないうちに満95歳となる。

学友はもうほとんどいなくなった。

戦争戦後をまたいで、私たちが故国の興亡を担った。

全く思いもかけない運命を背負わされた。

今呼称は同じでも、昭和20年以後の日本は昔とは違った国である。

いいか悪いか民主日本、アメリカナイズされた日本、ようやくなじまされたかに見える現在の我が同胞たち。

国の象徴と祀られている天皇もことさら姿勢が低くていらっしゃる。

私の心のうちでは皆同じではない。

多感なハタチの時代は全身全霊を陛下に捧げて戦った。

終わった時にはボロ服をまとった一捕虜送還者そして、帰郷してみれば、全財産も巷塵と消え去っていた。

空しいとの一語だけで済まされるものではない。

しかし日々刻まれ行く歴史はなんと恐ろしいものだろう。

人間だ、日本人だといって、今となっては虚空を彷徨う粉塵にすぎない。

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