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2014年9月 1日 (月)

私の死へのはなむけ

カープ、ドラゴンズと3連戦をとうとう3連勝する。
今日も一旦バリントンの時折突然崩れる癖が出て、ルナに3ランを打たれ同点に追いつかれて、もうだめかとおもったが、後続のピッチャが良く繋いで、追加点を許さず、途中交代出場の石原のタイムリーなどで、カープが勝ち越し点を上げ今日も逃げ切った。
巨人は横浜に今日も敗れ、タイガーズもヤクルトに負けて、カープの2位は揺るがず、巨人に1ゲーム差に追いすがった。
残り試合巨人29、カープ28、天王山に迫ったのはいうまでもない。
久しぶりに今シーズンはプロ野球に異変が起こるかもしれない。
余命幾ばくも無いこの老人へのはなむけとなるか、見ものである。

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2014年9月 2日 (火)

今度も生き延びてる友の手紙

魔の8月といいたいぐらいの、おおどろおどろしい先月だったが、やっと過ぎ去った。

お互い近くに住んで、今度の豪雨には何とか怖い思いだけで済んだ、福永君から見舞い状とも何とも分らぬハガキを戴いたが、お互いなんとかかすり傷ですんでいるのだから.見舞い状には値しない。

まあ長生きの苦情位と思って返事をしたためて、今朝郵便局に出かけた。

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(返事の概要)

平成24年9月1日

福永大兄

ぐずぐずしてる間に先に見舞い状をいただいてしまった。

まだ何とか頑張ってるらしいね。

一度会いたいと思い続けているのだがなかなか思うにまかせない。

君は牢獄にいれられたようなものだし、こちらの体調さえよければと悔しい毎日です。

別に悪い病気はやっていないので、動くことだけ大丈夫なのだが、近所までも歩けない。運動嫌いは若いときからの宿縁で、結論から言えば自分で撒いた種。

ついでに心臓が極端に悪く、数年前バイパスを入れるよう、かかりつけの医師から云われたのだが、長生きはしたくないからと、断った経緯がありいまだにそれをその医者に云われて、もうどうにもなりませんなとのこと。

然し今度の雨は大変だったな、未曾有ということは昔からあることだ。

油断した人間が悪い。自ら撒いた種でもある。だが災難にあった人は不幸といわざるをえない。

代わってたらよかったのにと心底思っている。

こちらは被害はまるで無い。健勝は祈らないでも結構。

ただ死ぬ前いっぺんあってみたいのだが、やはり無理かな。

岩中の友も後3人になった。高商はまだ少し多いかもしれない。

しかし淋しいね。

親子の別れは順番だから仕方がないが、友はある時期パッと消える。

この1、2年激し過ぎるよ。

その日が来たら失敬。

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消費税の増額で、切手代も値上がりしてるので、いちいち貼るのも面倒だと思って、有り合わせの切手やハガキを袋ごと提げて郵便局に見せる。

幸いハガキも手紙も2円一律の増額ということなので、合わせて22枚分44円戴きますと云う。

1枚福永君の手紙にはって、残り21枚を袋に入れてそのまま返してくれる。

やはり貼るのは私だということらしい。

誰が考えたか、ハガキも手紙も一律2円の増額と云う、実に便利な考え方をしたものだ。

5%が8%になり、次は10%とはどうしてくれるのだと、匙を投げて、向こう任せのつもりで郵便局に投げ出したのだったが、面倒なことは誰も嫌いだ、あっさりうまく片づけられた。

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2014年9月 8日 (月)

90爺のわがまま

かんかん照りの猛暑日。

午前11時せいこうに出かける。少し待たされる。

今日は包帯交換の痛みは随分少ない。

やっと快方にむかったかな。

気分も今日の天気のごとく至極上々である。

明後日のデイケアーが楽しみ、体調がよくなるとこんなことでも、なんとなくうきうきするから不思議である。

昨日今日のことが相変わらず忘れっぽい。家内もそうだから老人性のもので仕方の無いことか。

5日に耳鼻科に行く予定だったのを綺麗に忘れて、今日電話して16日に改めて取ってもらう。

同じ時間に眼科の予定が組まれているので都合が良い。

30分1時間はいつも待たされるのだから、たまには向こうも待たさなければ、割が合わない。

せいこうさんは何時行ってもあまり待たさない。

しかも先生が親切丁寧である。ありがたい。

私の行くもう一人の内科の先生と雲泥の差だ。

今年になって保健課に出す書類も私の主治医をせいこうさんに替えた。

課では不思議がっていたが、理由を云うわけには行かぬ。

私も90を越すと思いを簡単には変えられなくなった。

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2014年9月11日 (木)

夢を見る様な遠い昔

家内が朝食の時、ぽつりと云う。

竹島さんが斉藤さんと二人で宇品の方の老人ホームを見に行ったという。

二人で一緒に余生を過ごすということらしい。

彼女たちは同じ看護婦で岩國病院が出発点だった同期生とのこと。斉藤さんは殆ど終生中岡外科に勤めた、私もよく知ってる方だ。

斉藤と云えば私は高商で同じクラスだった斉藤七郎君をすぐ思い出す。

部隊も一緒だった.ただ中隊が違ったから初年兵時代逢ったことはなかった。

彼は幹部候補生の試験を受けなかった.理由は分らない。

彼の性格から、永く居る所では無い、満期除隊をめざしたということなんだろうが、結果は転属そして戦死ということだった。

戦後その話を聞いて残念だった。

思い出すたび、いつもどうしてと反復する。

いつもやさしく穏やかだった彼が、突然学生服姿のまま、私の眼前から姿を消したことは信ぜられなかった。

幽冥境を越えてから既に幾十星霜、記憶の底に燻り続けるばかりだ。

幾度か彼の実家を訪ねたいと思った。学生時代よく行った勝手知ったるうちだった、それも二度や三度ではない。

しかし山口を訪れる機会はあったが、とうとう果たせなかった。

彼の甥姪いやもう次の世代かも知れない。あまりにも遠縁すぎる。

原爆で命を落としたおっちゃんの場合のように、叔父さんのことを今更言われてもねえ、生まれていない時だし、全然知らない人だからと断られるかも知れない。

思えば私もうかつな生き方をしたものである。

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2014年9月18日 (木)

卒翁偶想

せいこうには連休以後出かけない。

包帯を自分で解いて回復を見届けたのでそのまま放置することにする、風呂にも一部絆創膏を貼ったまま入る。

全治3週間と云った所で済んだ、よかった。

昨日のデイケアーも普通にマッサージをやってもらった。

カープ巨人第3戦も乱戦の末敗れた、もう優勝の望みは無い。

良くやったけどまだ足りない。何方かと言えば投打の投の方がまだ手薄かな。

今日など今年最高の秋晴れだろう。いい天気だ。

是から寒くなるばかりだが、身体がうまくもつかな。今冬を越す自信なんかもちろんない。

天に任すのみだ。

千代と朝子が近く来ると云う、待ち遠しい。

今生の別れはいつのことになるか。

長過ぎた命、もう未練は一つもない。

残すものが多過ぎて、後のものがさぞ困ることだろう。が、もう片づける余力は無い。

こんなときは金銭が一番だが、これはない。嫌なじじいだな俺は。

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