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2014年7月18日 (金)

自動車の誤算

梅雨はまだあけそうにない。

来週になるのかもしれない。末期には大雨になるのが習いだが、今年もそうなるのか。

今回は車検がまだ終わらない。今日で5日目だが、ハンドルの修理が永く掛かっているのかも。

代車はあるのだが億劫だから外に出る気もしない。

雨と云えば、困難を極めた、あの湘桂作戦の初動を思い出す。

泥濘で道なきところに踏み入れさせられた我々自動車隊は、走るは愚か殆ど1日1キロも前進出来ない。

山中に行きも帰りもならず、1200台の車が数珠繋ぎに来る日も来る日も停滞して動けない。

やっと渓谷を突破して、山頂に出で、敵の飛行機の好餌にされながら、ほとんど夜間、うろうろ進む数日、数週間。

防衛庁戦史室編纂の記事を見ても、4割が敵襲の被害にあったとある。

結局目的地に到達し得ず、この兵站路は閉鎖され、元の出発点に引き返し、岳州を経ての、洞庭湖湖畔路を進撃して戦史では7月に入ってから長沙に到着したとなっている。事実私の隊も7月末やっと市内の廃屋に居を構えた。

5月25日行動開始してから2ヶ月かかっている。

発起点崇陽からの目的地平江までは戦史に132キロとある。そこから長沙まで100キロだったが、この最初の第一歩は実現不可能だったわけである。

軍の主力は6月中旬にはすでに長沙を占領していたのだから、後方部隊が如何に難儀していたか分る。

この作戦雨のため齟齬を来たし、海軍との提携による湘江遡行による、水路補給に頼るほか無かった。

こちらも中国民船をいれて約3000隻、戦史が明らかにしている。

もちろんこちらも敵飛行機、機雷にさんざん苦しめられたことはいうまでもない。

人間は極めて傷つきやすい動物である。また乾パンの一つでもよい、食物が無ければ動けない。

これに補給する無駄な物資及び労力、最終的には国民に付けが回って来たことはいうまでもない。

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