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2014年4月 3日 (木)

昔も今も

昔神武天皇祭というのがあったっけ。私の部落では山登りの日だった。

後ろのエンゲシという、標高百メートルの禿げ山に弁当を重箱につめて登った。終日且つ食らい且つ駆け回って遊んだ。幼き日の思い出である。

昭和の初めまだ子供の数が多かった。

しかし幼児の死はひっきりなしだった。

小学校一年生、となりの家の正さんが,車にひかれて死んだ,裏の家のふみをさんは病気で死んだ。

精米やのあの子は溺れ死んだ。あっという間である。

わたしのうちでも8歳の時弟が4歳で死んだ。急性肺炎だった。母が血眼で良く効くと云う鯉の生き血を求めて駆けずり回ったが及ばなかった。

そして戦争がひどくなった。私は早速引っ張られた。6年間行ってた。

死ななかった、そして94歳の今も生きている。

何が何だかわけがわからない。

昨夜はカープとヤクルトが4時間を越え,後2アウトで引分になるところで、堂林が初ヒット。

バネット投手の150キロの直球を振り遅れながらヒッパ叩いてライトスタンドへ放り込んだ。

劇的なサヨナラ勝ち。珍しい事では無い。

今年のカープは前評判通りやりそうだな。選手全員その気になってる。

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2014年4月 4日 (金)

噫!若き日。

風強し。但し、高層に雲ありて、動かず。朝の気温は10度。

今から74年前、満洲鉱山調度課の新入社員の一日。

日記帳から引用する。

「4月4日

 今朝起きて見ると、一面に銀世界なるに驚いた。殆ど内地と変わらぬ景色を呈している

ではないか。

 会社へ出ても寒くて何だか落ち着かない。

 午後ふと窓外を見やれば、暗雲乱れ飛び、猛吹雪荒涼たり。室内にある我を慄然たらし

む。スチーム通らざるは口惜し。

 夕食を終われば、市橋兄のラケット提げ、娯楽ピンポン場に赴きたり。我加われば、者

共既に相手たるを得ず。幾回転するや知らず。しかれども一通りの運動たるを知れり。

噫!快!噫!爽!」

いい気なもんだなあ!

波瀾万丈の一生はどこにも予測のかけらも見えない。

卒業前の昭和15年2月のある日、母からの涙の一通の手紙も記録している。

「一筆

 お手紙有がとを 其後はげんきにべんきょとの事私しも安心致ました 次に私方一同無

事にてはたらいて居りますから御安心下さい

 大ぶんさむさもおろかになりましたが でもかぜをひかぬよをにしても をべんきょも

すこしになったのですから大いにどりょくしてさい後のしけんにうんとよいせいせきでそ

つきょをして下さい 母はそれをたのしみにまって居ります。又父上もくさばのかげでお

まえのそつぎょをまって居られる事で有ましょを もう少しのそつぎょがまたれなかった

かと思へば私だんねんでなりませんがそれもやくそくならしかたが有ません もう思まい

とをもってもなんにかにつけてはすれる事ができません

 今年のしょ月つはなんともいへぬ正月をしました はかもしげの事へいしょにしてたて

ました 二百二十三円か々りました びょきからほうじで一千円か々りました お金が大

へん入りました じせつがらでたかいのでしかたが有ません 金は送りましたからうけと

りて下さい 其金一百四十円送りました うけとりて下さい どうかいりよをならしかた

がないがむだなとこへつかはぬよをにして下さいよ どうかからだにきよつけてうんとど

りょくしてよいせいせきでそつぎょをして下さいよ 父と母とう一しょと一年でした

                                    さよなら

                                     母より」

 

やっぱり昔が思い出される。

不肖の子の九十数年、親はやはり嘆き悲しんでいるだろうな。

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2014年4月 6日 (日)

カープ出足好調

朝日が照ってるのに雨も降っている。

ここのところ変な天気が続く。

昨日は雨中の熱戦で,カープはエラーで負けた。選手も観客もあわれだった。

梵の見事なトンネル、堂林の暴投と連続エラー、6失点の端緒となった。皆雨のせいとしか考えられない。

天候のせいにして申し訳ないが、人生にはこうした運の付き方がものすごく大事である。

織田信長の桶狭間にしても、ミッドウエー海戦にしても、一つ間違えば形勢は逆転した可能性が多分にある。

この次はこちらにと対戦は永く続くのだから,次の天運を待つ以外にない。

9時を過ぎてようやく雨雲が遠のき、日射しが強くなる。

この分ならお昼前後桜の下はさぞ賑わうことだろう。 

10時やはり駄目だ。空一面に曇り又雨となる。

午後やっと雨が上がって、マツダ球場でカープ対ディーエヌエイの試合が始まる。

今日は前田健太の登板だから負けられない。しかし2回に1死一三塁のピンチ、あわやと思われたが、DeNAの4番ブランコ、次打者の3塁ゴロの当たりに、のこのことサードから本塁に向かい憤死、次の打者もサードゴロで最大のチャンスが潰えた。

前田は結局8回を4安打に収めて、1-0で初勝利。

無失点に凌ぎ切ったのがよかった。

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2014年4月 7日 (月)

人生は不可思議で予測などとても

ひよっこ一年生の写真がテレビで次から次へと沢山出て来る。

登場するときは皆同じである。

九十年百年と経つと、私のようにもう取り返しの出来ないそれぞれの一生が出来上がる。

かって、私の店で働いてくれていた大学生の奥さんが居た。

その主人の学問研究のため上級大学院進級に連れ添って上京するため、店を罷めざるをえなくなり、

在京頼りも何通かいただいた。が、いつしか音信不通となった。

先日ふと検索してるうち、彼が無事研究を果たし,博士になって現在母校の教授の地位にある事が分った。

1970年前後の話である。私の日記によれば、夫婦を招いて三度飲食をしている。

正に紅顔の美青年であった。何を話したかは憶えていない。

軍隊経験のある私はその空しさを話したかも知れない。

奥さんから後日貰った手紙にも触れられているから間違いない。

縁は異なものである。

内助の功を果たした彼女が現在幸福にその成果を楽しんでいるか、はるかに祈るだけで、遠く離れては知る由もない。

人生は全く不可思議である。予測など出来るわけのものではない。

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2014年4月 8日 (火)

植物園で花見

過ぎにし事を思いふけっていると,なかなか寝付かれない。

しかし、いい天気なので夜明けが早く,窓からの日射しに起こされる。

春になり幾分身体が軽く、起き上がってからの動きは随分楽になった。

デイケアーのおかげがいちじるしい。

この付近のさくらはもう散ってしまった。

時期を逸した感は否めない。

まあいいか、毎年飽かず堪能して来たのだから。

昨日は岩國に花見に行かないかと家内に声を掛けたけど、草取りが忙しくてそれどころではないと,すげない返事。

昨日はちょっと風が強かったし、無理して出かける日ではない。

といって、膝を折り,腰を屈めて草取りを手伝う気力も体力ももうない。

まんぜんと日が経つのを見送るのみである。

昼前植物園に誘い出される。

あまりつれなくするとあとが恐いから出かける。

結構人が多い。

花は少ないが満開である。

雅博さんが赴任して随分施設がはでになった気がするのだが、この月退任した。

植物園は華やかさが命だから、これでよい。

食事もして2時間ばかりで退散する。

花見客も結構居たようだ。

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2014年4月12日 (土)

野球も外人抜きでは語れない

今年のプロ野球は明らかに今までと違うようだ。

外人の活躍が目立つ。打者だけでなく投手が日本の新人投手の台頭に混じって,突如勝敗を左右し始めた。名前も知らないのが多い。

カープも昨夜1点差で中日に勝った。バリントンが粘った、そしてミコライオが締めた。

打線も相変わらず4番エルドレッドの打力に負っている。

阪神巨人戦も同じ傾向、阪神マートンの5号3ランが決めた。投手メッセンジャーも8回を4安打1点に巨人を押さえ込んだ。

首位は取りあえず8勝4敗の同率でカープ、巨人が並び立った。

相撲はもう10数年も外人オンリーの世界になっている。

野球もその轍を踏む事になりそうだ。

良い悪いの問題では無い。世界共通の動向とも言える。

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2014年4月13日 (日)

広島デー

昨日は正に「広島の日」だった。

日本の2大プロスポーツで、奇しくも同じ日に首位に並んだ。

野球のセリーグで、首位に並んでいた巨人が阪神に0-9と大敗したが、カープは中日に5-0と昨日に続き連勝。

又J1サッカーのサンフレッチェはFC東京に1-0と勝ち,首位だった鹿島が新潟に敗れた為、これ又勝ち点16と逆転首位に躍り出た。

一日のうちだから,珍しい出来事である。

なんとなくスポーツ大国の匂いがし始めた。そう云えばJTも今バレーでパナソニックと首位を争っている。

勢いづかせたかも知れない。

私の生涯90年でこんなこと聞いた事もない。結構な死に土産を頂戴した気持ちである。

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2014年4月16日 (水)

腹ぺこでのデイケアー

夜中に目が覚めて吐き気がする。洗面器も無いし、吐く場所は無い。困ってうろうろしたが、どうしようないのでそのまま横になってじっと我慢する。そのうち治まってくる。

風邪でもうつったかなと、これでは今日のデイクァーは出席出来ないなと観念したりする。

朝起きてみると腹具合がよくない。

トイレに入って見るとやはり何かの食あたりと見えて、あっという間に下る。

風邪のせいでも無さそうなので、又気持ちをひるがえす。

朝飯は抜く。

デイケアー程度の運動ではへこたれることもあるまい。

パン1枚食ってでかけることにする。

迎えの車が来るのは1時5分前なのに、12時前には支度をすまして下で待つ。

時間がありすぎるなあ。

予定通り午後1時デイケアーが始まる。3名休みと云う。老人は体調がままならぬから仕方がない。

人数が少ないだけ終わるのも早い。

おかげで山本さんに求められての会話が弾む。

知らぬ事もまだ多いが、よく勉強している事もよくわかる。

休憩時間に出された茶菓子のチョコレートをまぶしたマシュマロはおいしかったなあ。

あんなの始めて食った。

ありがとうとお礼を言っておこう。

腰と膝の痛みが嘘のようになくなった。単純に答えが出ない何ものかが、このデイケアーにひそんでいるのだろう。なにか不思議な気持ちである。

市役所の是竹女史が又見える。お勤めとはいえ熱心な事だなあ。

食事抜きの運動はやはり老人と云えどもこたえた。

帰宅して早速乾パンなど有り合わせのものをがしがしと食べた。すき腹ならなんでもうまい。

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2014年4月17日 (木)

NHK大リーグ放送に大わらわ

家内の風邪はまだ続いている、朝からこんこん咳づいている。

私は昨夜売薬の風邪薬を飲んで寝たが、効いたか効かないか、わからぬ。

ちょっとのどの奥に違和感があったから、予防にと思ったのだが。

昨夜はカープの大瀬良投手が5安打1点に阪神打線を抑え込み、救援2投手の助けは借りたが初の勝ち投手となった。打っても2打点を挙げ非凡ぶりを見せた。

今リーグで一番当たっている好調打線の阪神だから、しかも野村投手をもってしても、昨晩は打ち負かされてしまった相手だから、値打ちがあると言うものだ。

一方アメリカ大リーグでは今年ヤンキースに移籍した田中将大投手がカブスに8回ゼロに押さえ込み勝ち投手になった。えらい男である。

今年はNHKが衛星放送で殆ど毎日大リーグ放送をやってるので、日本の野球より親しいくらいである。

これ又えらい時代になったものだ。

デオデオに用事があったので出かけたが、生憎今日は休日であった。

いつも開いてると思っていたがそうでもなかった。

大型店は年中無休が多いが、そうでもない所があるわけだ。当然と云えば当然。

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2014年4月18日 (金)

高遠の桜

4月と云えばもう少し暖かいと思っていたが,歳のせいか少しも暖かくない。

それでも外に出ると日射しの暖かさは感ずるのだが、ほとんどうちの中で暮らす身の上、家が暖まらない以上ぬくもりは感じられない。

まだストーブの暖かさが要る、不経済なものだな俺たちは。

昨日のテレビで今を盛りの伊那高遠の桜が紹介されていた。

私達も数年前観光バスで訪れた。赤味の深い肉厚の花びらの桜が心をうった。

即座に絵島生島の故事が思い出された。濃艶さがぴったりだった。

配流され生涯を此の地で終わった絵島もこの季節は、果たして心和やかであったろうか。

もっとも3、4百年も前の話だから、此れ等の桜とは無縁だったかも知れないが。

高遠といえば、保科正之もこの地で育った。二代秀忠の庶子として生まれ、後家光に召し出されて、幕閣に登用され、四代家綱の時代を取り仕切った事は余りにも有名である。

もちろん会津松平家の先祖としても著名であるが。

幕末に幕府と運命を共にしたその忠節は彼の遺訓といわれている。

ともあれ、この濃艶な桜の花たちは今も私の心を揺さぶり続けている。

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2014年4月21日 (月)

重たい風邪

今度の風邪にはいささか対応に苦しむ。

頭の重さがかるくなったので、いくらか良くなったと、昨日は思ったのだか、軽く見過ぎだようた。
今日は咳も間歇的におきて、酷くなったくらいだ。

咳止め薬も一旦はやめていたのだが、今朝から又飲み始める。

一日寝ていたが、時折咳は相変わらずで、良くなりつつあるとはとても思えない。
気分は確かなのだが、なんだかずるずるとこのまま最期まで行くのではと思ったりする。

人間の寿命なんて、結局こうしたものかも知れない。

思いとは別に、肉体の方は終焉に向かって、どんどん先をいそいでいるなんて、ないこともないであろう。

風邪のしつこさからみて、何と無く完治しないのではと思ったりする。

それともこの自覚が命を救ったりということでもあれば、それではこの次と神様の方針が変わるわけである。

神には利害得失はなにもないわけだから。

今日も医者にゆき家内が横から、飯を食わないから心配で、点滴でもしてもらいたい口出しするものだから、それから延々二時間の点滴となる。

昼をとっくに過ぎて、診察が終わったのは、午後一時半。

家内は同じ薬で良くなっているが、私はますます悪くなる、これは寿命がつきたということでしょうからいい加減でいいですよとほざいたりする。

これ以上の長生きはごめんだとシンから思ったり、いささかやけ気味かも知れない。

明日もまた来いといわれる。

今度は少し軽いのをするらしい。

別に苦しくもなんでもないことだから、ままよである。

いずれにしても神の判断に従うばかりである。

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2014年4月22日 (火)

生きる事に汲々としている私

点滴のせいかよく眠れる。

何度もある夜中の寝覚めが、たった一度だけで、2回目はもう朝の8時半だった。

咳の具合がかなり軽くなった気がする。

今朝もせいこうに行き点滴を受ける。

昨日の半分くらいの量である。

やはり効いたらしい。もう治らないだろうと死を覚悟したのだが、何とか元通りに生きた生活に復帰出来そうである。

えらいものである。こんなのがあるから人間は皆長生きするようになった。

隠れも無い事実だと確認せざるをえない。

しかし油断はできない、家内が今朝から又不調を訴え始めた。我が家に巣食う風邪のヴィールスが虎視眈々と心のすきを狙っている気配だから。

思いかえすと私も、身体重く動作がしんどい。まだ前の身体ではなさそうだ。

今天下分け目と云った方が良いのかも知れない。

明日のデイケアーは出席は無理だろう。皆に私の風邪をうつさしても悪いし。

はやばやと電話して断っておくことにする。

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2014年4月23日 (水)

我が家の庭の木

やっと天気がよくなる。射し込む日光が新鮮であったかい。

まだ咳が少し出るが、随分楽になった。今日もう一度点滴を受ける事になっている。

当然デイケアーも休むから、のんびりした休日になるだろう。

もう無理は一切しない方針で貫いている昨今だから。

庭の片隅に前からずっと気になっている植物,万両がある。

家内は植えた覚えが無いと云うから、どこからか、鳥が齎したものだろうが、そういえばうちの庭の3カ所にぽつんと生えている。

大きくならないから関心の的にはなりえないが、この程度の大きさになるとやはり気になる。

庭の隅にはもうひとつ西洋花ミヅキが今満開である。花のおもむきが地味なせいか、桜とは見劣りするが、花の数は多い。これは家内がかなり高額で買って来て植えたらしい。

ビル暮らしの娘たちにはこんな思いは出来ないだろうから、家内にはしてやったりの誇らしげなものが顔に浮かぶのはしかたがない。

 

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2014年4月24日 (木)

畏友 福永君と再会果たせず

予報では好天気だが、朝から雲が多く、さほど暖かくはない。
昨夜福永君の奥さんから、福永君が又骨折して近くの野村病院に今日入院するので、今日の広島総合病院で逢う予定を取り消すと連絡があり、驚く。
入院早々の多忙な彼を見舞うわけにも行かず、又私の風邪も完治していないので、延期しようという事にする。この調子では、もう今生では会う事もないかなもしれない。折角のチャンスだったが。
彼は山口の学校で同じクラスだったし、下宿もすぐ近所で賄屋も一緒だったし、気心の知れた友だちだった。ただ卒業後永らく道が別れて、たまの同窓会であうくらいだったが、かれは人見知りがひどく、出席率は良い方では無かった。
しかしこうして94年も生き、仲間が殆ど死んでしまった今では、可部とここでは10キロも離れてない一番近い友人である。普段付き合っていないだけに余計に、何とか会いたかったのだが仕方がない。
奥さんの話では少しぼけてるから、話が出来ないかも知れないよとおっしゃる。
私も実の入った難しい意見など聞くつもりはないので、ボケ話位でちょうど良いと思ったのだが。 
何十年も前、当時彼の新居を訊ねたことがある。それ以来奥さんは良く私の店に来てくれて、鍵の注文などをしてくれた。
奥さん自身は文教女学院の教授をして居られたから、その方も職掌の一つだったらしい。
てきぱきと手八丁口八丁の人かも知れない。彼は運転しないでもっぱら彼女の運転に頼っているらしい所を見ても,婦唱夫随のいかにも和やかな家庭が想像出来る。
彼は何時だったか直腸癌をやって大手術の後遺症で、動作が困難になっていたが、それ以来難病と対峙して、長期間頑張っている。不自由な身を駆使して、欧州旅行などもしているらしい。
根性がすばらしい。
頭もいいし,畏兄と云うべき存在だが、会いたくてもなかなかチャンスが来ない。
運の巡り合わせが悪いとしかいいようがない。

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2014年4月25日 (金)

古き友たち

やっとこの頃の気温に慣れて来た感じ、寒さはもう感じない。

朝起きた時すでに部屋の温度は15、6度ある。

昼には天気が良ければ確実に外気も20度を超える。全く快適である。

おかげで風邪がやっと治ったらしい.咳も殆どでないし、痰もごく少ない。

しつこい風邪を免れてほっとしているところである。

生まれつき肺の弱い私は、死ぬるときは肺炎と決めているのだが、その意味でも死への1里過程はまぬがれた。命が惜しいというほどでもないが、他の部分が丈夫だからまだこの世が楽しい。

捨てる気にはなれない。人に迷惑もかけないし、まあいいではないか。

今日は家内も一人で電車で広島市内のリウマチ医者に行った。

12時に友だちの竹島さんと落ち合って、食事などしたらしい。

竹島さんも足の手術などして入院んしていたので、久しぶりの再会である。

4時頃帰宅する。歩きつかれて自分の足のようではなかったという。

家内はまだ同年代の友が何人もいる。

電話で話もできる、ときには今日のように逢いに出かける。

友があると言う事は何よりもいい。

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2014年4月28日 (月)

カープ対巨人の熱戦

昨日のカープ対巨人戦は記録に残る熱戦だった。

カープ前田健太、巨人内海の両エースの投げ合いは終始手に汗握るチャンスは少なくなかった。

ただ攻撃陣はその詰めの凄さに断ち切られてリードするに至らなかった。巨人の二度に渡る1死3塁のテャンスにスクイズもやれなかった。内野フライや内野ゴロにホームを伺う事も出来なかった。

内海投手の徹底的なインコースシュートの冴えはカープの攻撃陣を苦しめた。

内海は7回を投げきり、前田は9回を投げきった。ともに無失点の好投でその責めを果たした。

延長11回、野村監督の指揮が冴え渡った。

先頭の菊池がヒットに出ると、2番丸に監督はささやいた。バンドは無いぞ自由に打てだった。

狙い澄ました丸はセンターに打ち返した。ダブルプレーを怖れる事は無かった。

一挙に1、3塁とした無死で4番エルドレッドである。現在首位打者を堅持している。

相変わらずインコース攻めで2ストライクに追い込まれた。

ここからが本領発揮だった。インコースの甘い球を強振、スタンドの上段に叩き込んでしまった。

ここまでの過程はさすが首位を争う両陣営だった。種々な駆け引きにも関わらず最後のホームインは許さず、引分の公算が次第に濃厚になっていた。

ともかく面白い戦いだった。5月になると両リーグの混戦になるが、優勝はこの5月陣に左右されそうである。

パリーグは投打ともひと味違う。今年はおもしろいぞ。

(写真は中国新聞より)

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2014年4月30日 (水)

ささやかな別れもあり

とうとう雨にはならないで暮れて行く。

デイケアーにひさしぶりに出かけたので、身体のしこりがとける。

ここの体操器械がどうも私の身体にマッチしている感じ、辛くはないし却って快い。

もっとも時間や回数は私の年齢に合わせているらしいが。伺い見るに若い人は当然私の倍も負担が多く設定してあるようだ。

夜中もトイレ回数も減り、先ず1回で済む。熟睡するわけだ。

一番よくなった事は腰などの身体の痛みが著しく減ったことだ。これなら有り難く長生きしたい。

ただ、本を読む時間は極端に減った、1時間は続かない。何よりも目の疲れが甚だしい。時には活字が乱れて読めなくなったりする。こればかりは仕方の無い事か。

寝る事ばかりが健全である。抵抗も苦しみもない。このまま死にたいくらいだ。

介護士の山本さんが罷めるらしい.別れの言葉をいただく。会う事は別れの始めとも言う。少し短かったけど印象深い女性だった。戦争好きというのはちょっと特異な性格かも知れない。

本格的な介護施設に行くらしい。ご幸運を祈る。

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