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2014年2月 1日 (土)

人の世はあざなえる縄の如し

今年は正月が永かったなあ,との実感がある。
神村君と2度も電話のやり取りがあったし、南のものが去年の暮れからやって来て、ばたばた片づけたりして,さっと帰って行ったり、れいねんの正月と様子が違っていたからであろうか。
先月の終わりごろから少しづつ暖気が感ぜられるようにもなったし、春遠からじのこの頃である。
思いがけず肋骨が折れたりして、日取りを永くしたようでもある。
しかし94歳だから苦死にもつながるし、楽な歳ではなさそうだ。
ますます慎重な暮らし方をしなければならないだろう。
家内も85歳になっている、自戒を込めて朝な夕な,互いに気を付けあっている毎日である。
朝子が学業を終え,社会人に巣立つのも後1ヶ月を余すのみとなった。
最後の私の孫だが,希望が持てる子で嬉しい。
彼女が生まれた年を振り返ると、なかなか波瀾に満ちた年だった。
親族の希望の星だった典之が嫁さんを貰い,4月東京六本木の東急ホテルで盛大な結婚式をあげた。
島原の普賢岳が噴火し,6月家内の妹春子が永い闘病の末亡くなった。
私の乾癬が発病し,9月台風19号が広島を直撃し,私の店舗を破壊した。翌年とうとう店替えをしなければならなくなった。
その直前の8月1日朝子が広島市民病院で生まれた。
泣き笑いの一年だったようだ。
人生はあざなえる縄の如しと云うが、よくも次々といろいろ発生するものだ。

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