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2014年2月16日 (日)

騒音

もう今はヘリコプターの時代とも言うべきか、朝早くからその爆音に目覚めさせられる。

毎日爆音の聞こえない日はないと云ってよい。

朝の風情として私は時々空を見上げ、その日の空模様と一緒に楽しんでいる。

考えてみると騒音などと思った事はない。近所で吹かす自動車のエンジン音の方が気がかりになる事の方が多い。

昔は音楽でもその練習次第では、遣り切れないなと聞かされる音から逃避する事が屢々あった。

中でも松田房夫君のアコーディオンは忘れる事は出来ない。

音楽会の前にでもなると、同じ曲を何時間も繰り返される。

二階と下だから、外出でもしなければ逃げ場は無い。

彼とは音楽鑑賞の仲間であったし、しばしばレコードや蓄音機を下宿の部屋に持ち込んで一緒に聞いたりした。文句を言って喧嘩などする相手では無かった。

軍隊の時東満洲の斐徳陸軍病院に盲腸炎手術で私が入院した時、奇しくも野戦重砲部隊に所属していた彼がカタピラに足を折られて同じ病院にて治療中で、私の手術の日、後送される事になり、別れの挨拶をうけたのが、生涯の別れとなった。

彼は内地の病院まで後送され、除隊となり、郷里の周防福川町(現在の新南陽市)で稼業に精出して、その消息は戦後もしばしば耳に入って来たが、遂に再会する事はなかった。

1期後輩だったが、数年前先にあの世に出発した。

クラシックに夢中になって、我を忘れるやさしい好漢だった。

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