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2014年2月14日 (金)

孫は所詮手の届かぬ存在か

東京では大雪らしいが、こちらはささやかな雨。

春先はいつもの事ながら荒れるな。寒暖がせめぎあう時期だからしかたないだろう。

2013年分のブログの製本を予定分は仕上がった。だんだん上手になって、最後は体裁よく出来上がるようになった。もう印刷屋さんの手を借りなくてすむ。

最初はどうなるかしらんと心配だったが、なんとかなるもんだな。

二つ穴パンチの一度に45枚も穴明けが出来るのを買う事になったが、¥1800.だから印刷賃に比べれば物の数には入らない。

これは楽だなあ、どういう力学を利用したのか知らないが、女子供でも楽にやれるだろう。

私も早く知っていれば、肋骨を折る事もなかった。

再生紙をつかえば、今は紙代も安いし。

現在は紙ばかりでなく、光ディスクやSDなど便利なメモリー類が数多くある。

保存したければそれらを利用すれば簡単である。思いも掛けない事だ。

私も所謂日記帳は1992年度でやめて、当時はワープロで文章を書き、フロッピーに保存した。

現在は以来何十年もキーボードが日記を書いている。

保存はいくらでもコピーが利くから、それからそれへと、宇宙にまで保存してもらっている。

このブログもその一つだ。

忘れそうな時思い出すのに全く都合が良い。

朝子が何時来るのか気にかけていたのだが、家内が電話してみると今ハワイに旅行していると云う。

わしとそっくりの気性だなあ、私のときは東京だったが。

説教も出来ないし、困った事だ。

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