« 出雲大社へ800万人 | トップページ | 私への朗報か »

2014年2月 3日 (月)

私の日記

かれこれもう20年も前の事になるが、一冊に三年分の日記をつけ込む方式の日記帳をつかったことがある。立派な装幀なので本棚でも目立っている。

開いてみると何の事はない、例年同じ様な事を書く事に飽きが来た様な趣がみえる。

12年で止めたのもパソコンの影響もあったろうが、筆勢に飽きがきたというのが実情のようだ。

こんなところを振り返ってみると、おれって大した人間じゃあないなとつくづく見えて来る。

学生も終わりを迎えた頃、人生への門出を意識して,日記をつけだした。

誰からも示唆を受けた覚えはない。

自らの意志で出発した。前途がどうなるか知る由もなかった。

書くに書けない軍隊徴用期間が当然予想された。

毎日書く事は当然無理だとは予想していた。だから途中でタイトルを付けて随筆まがいに書き続けた時期もあった。

軍隊期間は陣中日誌をそのままに任せた。

大きな食い違いはなかったし,後年大いに役に立った。

しかし思い込んでいたほど歴史的価値が生ずるかとも思えない。

こうした価値はもちろん本人が決めるのではないから、後世を俟つ以外にないが、まあいいか。

単なる事実の羅列では無かったことが、日記として良いか悪いか。これもこちらの出る幕では無いか。

戦後すぐからの悪戦苦闘の日誌が乏しかった。思いの何分の一にも達していない。

これはほんとうに残念というほかは無い。

書けば書けたのだろうがあまりにも私の恥部であった。

そして成長しきれてない、憐れな自分であり過ぎた。

手もなく相手に利用されてゆく、自分の幼児性にも愛想が尽きる。

いたずらにもがき苦しむ20年だったと云えるかも知れないが。

人生50年を過ぎた頃からは、ようやく当たり前になった。

全くの遅まきでそのおかげもあってか90歳をこえることになったと言えよう。

|

« 出雲大社へ800万人 | トップページ | 私への朗報か »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/157907/59062989

この記事へのトラックバック一覧です: 私の日記:

« 出雲大社へ800万人 | トップページ | 私への朗報か »