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2014年2月 1日 (土)

人の世はあざなえる縄の如し

今年は正月が永かったなあ,との実感がある。
神村君と2度も電話のやり取りがあったし、南のものが去年の暮れからやって来て、ばたばた片づけたりして,さっと帰って行ったり、れいねんの正月と様子が違っていたからであろうか。
先月の終わりごろから少しづつ暖気が感ぜられるようにもなったし、春遠からじのこの頃である。
思いがけず肋骨が折れたりして、日取りを永くしたようでもある。
しかし94歳だから苦死にもつながるし、楽な歳ではなさそうだ。
ますます慎重な暮らし方をしなければならないだろう。
家内も85歳になっている、自戒を込めて朝な夕な,互いに気を付けあっている毎日である。
朝子が学業を終え,社会人に巣立つのも後1ヶ月を余すのみとなった。
最後の私の孫だが,希望が持てる子で嬉しい。
彼女が生まれた年を振り返ると、なかなか波瀾に満ちた年だった。
親族の希望の星だった典之が嫁さんを貰い,4月東京六本木の東急ホテルで盛大な結婚式をあげた。
島原の普賢岳が噴火し,6月家内の妹春子が永い闘病の末亡くなった。
私の乾癬が発病し,9月台風19号が広島を直撃し,私の店舗を破壊した。翌年とうとう店替えをしなければならなくなった。
その直前の8月1日朝子が広島市民病院で生まれた。
泣き笑いの一年だったようだ。
人生はあざなえる縄の如しと云うが、よくも次々といろいろ発生するものだ。

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2014年2月 2日 (日)

出雲大社へ800万人

朝から降るとも降らずとも分らぬ様な天候。

珍しく明け方に訳の分からぬ夢を見て寝過ごし,家内に起こされる。

食事を終わっても何か寝足りぬ感じで,もう一度寝床に入る。

今度は何も見ずにゆっくり2時間近く休む。

後30分すれば正午。

外を覗いてみるとベランダは別に濡れては居ない。

どんよりとした空はかわらない。

室内温度は16度、それほど寒くも無い。

着込んでこうしてパソコンに向かっている。

今朝の中国新聞を見ると,出雲大社参拝の人出が800万人を越えて,前年の2,3倍だったという。

東京の娘も観光ツアーで長女を連れて参加している。

大遷宮の効果だと言う。私は松江道の全通をしおに出かけた。

結構これも多かったらしく相乗効果であろう。

それにしても凄いもんだな。

尾道線が全通したら四国からのお参りも増えるかも知れない。

アベノミクスも思わぬ方向に影響を及ぼしたかもしれない。

Photo

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2014年2月 3日 (月)

私の日記

かれこれもう20年も前の事になるが、一冊に三年分の日記をつけ込む方式の日記帳をつかったことがある。立派な装幀なので本棚でも目立っている。

開いてみると何の事はない、例年同じ様な事を書く事に飽きが来た様な趣がみえる。

12年で止めたのもパソコンの影響もあったろうが、筆勢に飽きがきたというのが実情のようだ。

こんなところを振り返ってみると、おれって大した人間じゃあないなとつくづく見えて来る。

学生も終わりを迎えた頃、人生への門出を意識して,日記をつけだした。

誰からも示唆を受けた覚えはない。

自らの意志で出発した。前途がどうなるか知る由もなかった。

書くに書けない軍隊徴用期間が当然予想された。

毎日書く事は当然無理だとは予想していた。だから途中でタイトルを付けて随筆まがいに書き続けた時期もあった。

軍隊期間は陣中日誌をそのままに任せた。

大きな食い違いはなかったし,後年大いに役に立った。

しかし思い込んでいたほど歴史的価値が生ずるかとも思えない。

こうした価値はもちろん本人が決めるのではないから、後世を俟つ以外にないが、まあいいか。

単なる事実の羅列では無かったことが、日記として良いか悪いか。これもこちらの出る幕では無いか。

戦後すぐからの悪戦苦闘の日誌が乏しかった。思いの何分の一にも達していない。

これはほんとうに残念というほかは無い。

書けば書けたのだろうがあまりにも私の恥部であった。

そして成長しきれてない、憐れな自分であり過ぎた。

手もなく相手に利用されてゆく、自分の幼児性にも愛想が尽きる。

いたずらにもがき苦しむ20年だったと云えるかも知れないが。

人生50年を過ぎた頃からは、ようやく当たり前になった。

全くの遅まきでそのおかげもあってか90歳をこえることになったと言えよう。

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2014年2月 4日 (火)

私への朗報か

昨日は節分と云ってテレビなども騒がしかったが、かくも老いると何か阿呆らしく、顔を背けたくなる。

世代隔離と云われるわけだな。

今月の末に朝子が老人の顔を見にやって来ると云う。勤めに出始めると勿論勝手が出来なくなるだろうし、卒業前のこの時期が最高のテャンスである事はまちがいない。

手ぐすね引く事になりそうだ。

一番末の孫だし、よく勉強したし、欧州留学も果たしたし、私の期待は大きい。

女なのがちょっと残念なのだが、今の世の中変わりはないだろう。

そんなこといっちゃあ、おこられるかも知れないな。

私も悔いなくこの世をオサラバ出来そうでこの上は無い。

予報では寒波襲来ということで今朝は緊張したが、案に相違して気温5度とまあまあだ。

9時日の光とともにわが部屋は暖かい。

日本列島は長いから一律にはいかんだろう。

しわ寄せはいつも北国と日本海沿岸の人たちのようだ。

立春というのに吹雪で迎えてはなあ。

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2014年2月 5日 (水)

デイケアーセンターのある日

高曇り、かなり厚そう。

日射しは当然にぶい。

早春の木花の若芽のごとくは、人間の感覚はするどくはない。

寒い朝の寝起きはやはり辛い。

昨日日曜大工のものまねみたいな一仕事したので身体が重痛い。

午後のデイサービスは軽く流す程度にしてもらわないといけないかな。

今日のデイケアーには始めて二人の女性が加わった。家内と同年輩らしいから、格別華やかさはないが、おだんまりの男ばかりとはやはり雰囲気が違う。

歳の功でいろいろ話しかけて引き出してみたが、会話にはさすがに一日も二日も長があるようだ。

ここも一つの社会、彩りのある方がよさそうだ。

同じように手を引かれてもたもたとまどろっこしいが、それがこの社会の特色だ。

もう慣れて異様だとは映らない。

今日はいくらか気合いを緩めて、楽に動作を終わらせてもらう。

気合いを入れ過ぎると、いつまでも体調が回復しないことが分って来たので。

今朝このセンターの責任者伊勢本氏の赤ちゃんが生まれたそうでめでたい。

便利な世の中、ケータイで赤ちゃんの元気な姿が早速披露される。

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2014年2月 8日 (土)

忘れた杖戻る

朝は一面の雪景色。

今日も一日寒そう。

昨日用紙を買って来たので、ブログの昨年1年分の印刷を始める。

子供等にやる分である。遺品のつもりだから強制的に渡すためのものである。

昨年度までは製本していたのだが、このブログ専門の製本業者がつぶれたのだから仕方がない。

何事も栄枯盛衰がある、永久などというものはこの世には無い。

それにしても早かったな、まだ十年にならない。

ブログを書き始めてから来年十年目だが、今度はこちらの寿命が届かないだろう。

昨年あたりから尻が痛くてたまらない。出来るだけ柔らかいクッションを腰掛けの座席に敷いているのだが。

尻の肉が薄くなったのは間違いないが、長年使うと丈夫になると思っていたが、そうではないらしい。

昨日も皮膚科の医者に診て貰ったが、少し赤くはなってるが、黒ずんでは居ない、大丈夫だよといってくれた。

昨日スーパーで杖を忘れて帰ったのだが、拾っていてくれて今日貰って帰る。これで二度目である。

杖利用者まだ過小人員らしいから、なんなく戻って来る。

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2014年2月 9日 (日)

我が孫への小さなお願い

末の孫が会いに来るというので楽しみである。

手助けしてもらいながら、かっての故遊の地でも散策したいのだが時間的に無理かな。

3月3日には勤め先のアルバイトが始まるというのだから。

私の時代と比較は出来ないが、私は3月18日満州国新京着が決められていたから、それまでは卒業式にも欠席して、好きな所を歩き回った。当時の金で赴任手当300円貰っていたので、小遣いには余りすぎるほどあった。

現在はどうなのだろうか。

なによりも幸福が待ち受けてほしいものだ。

私は肋骨の折れたのも今は感じないし、腰の痛みもない。右膝がいくらか不如意だが、まあ歩く速度が遅くなる程度だからなんとかなるであろう。

1泊2日は欲しいな。

気ぜわしいときだろうから、無理を言ってはいけないかな、まあ出来たらということだよ。

ブログの紙面を借りて、思いつきの一寸したお願い。

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2014年2月11日 (火)

老人の無駄な出歩き

オリンピックも前景気ほど賑やかでないので、我が家も静かである。

最近は家内の政治評論がかまびすしくて、圧倒されている私だが、オリンピックはおかげで助かっている。

戦前と同じ名前の祝祭日紀元節が使える今日の日である。元旦というのも古めかしいが変えて欲しく無いな。

午後は曇り空で殆ど太陽はのぞいてくれない。

薄ら寒さが続いている。

家内は珍しく一人でアルパークに行くと云って出かけた。

私はA5の用紙が入荷してるか、広電文具に聞いたがまだ入っていないらしい。

出るのは止めた。

老人は用事がなければ出歩かないがよろしい。邪魔になるだけである。

昨日も出たついでにUSBの3米を買って来たが、接続部が新しいタイプでうちにあるやつとは繋がらない。目下の所無駄になった。

次世代規格USB3.0というのらしい。

繋げる相手を買うまで待てという事か、そう云えばパソコンはとっくにUSB3.0の端子が付いてるのだっけ。相手のディスクがいるわけだ。

無駄歩きはえてしてこういうことになる。

寒いから公園を歩き回るのも難儀だしなあ。

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2014年2月12日 (水)

私の行くデイケアー

午後いつもの通りデイケアー。

まんべんなく身体の筋肉をほぐすせいか、だんだん身体機能が回復して来たのを実感として感ずる。

特に普段使う事のない、ももの裏肉や尻につながる部分の筋肉などは軽い鈍痛が残っていつまでも痛い。

自然に快癒した時には随分動かしやすくなるのだろうと期待出来る。

訴えて特に入念にマッサージしてもらう。

人数も10名と普段より多く、賑やかに進攻する。

女性が増えたことが、活気をおこしたと言えなくも無いようだ。

身障者にもいろいろあって、歩行困難な人もいるが、リハビリが出来るという事はとにもかくにも幸福なことといえる。

こうして確かに前途に希望が見えるからである。

ここに勤務する職員の方といい,参加する要ケアーの人たちといい、実に懇切で雰囲気が良い。

思っても見なかったことで大変うれしい。

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2014年2月13日 (木)

慣れとは恐ろしい

ソチ・オリンピックの日本勢やっと息を吹きかえしたか、ぼつぼつメダルを取り始めた。金はまだだが。

予測の甘い日本のジャーナリストに、国民は悩まされ続けているのだが、金は1個も取れないのではと思ったりする、前回お家芸の柔道で1個も取れだった事があるし、同じようなことはなんどでも起きる。

金は愚か、メダルには今一歩届かなかった、ワールドカップの覇者高梨選手は運にもつきにも見放された。その姿がまだ幼く憐れであった。

どうか一度くらいの失敗でくじけないで欲しい。

軽く身体を動かした程度と思っていたが、今朝起きるとけっこうあちこちがぎくしゃく痛い。

枯渇している老体に、今更昔を取り戻せと云っても無理難題らしい。

しゃがんだりするのはいくらか楽になった気がする。しないよりはましかも知れない。

94歳、なんだか自分の年齢が怖い。

今朝パソコンの調子がおかしかった。何度再起動しても元通りの反応にならず、まどろしくて途中で作業をやめてしまった。

今こうして日記を書き出してみると、元通りになったみたいだ。

人間並みに機嫌の悪いときがあるのかもしれない。

今使っているMacMiniももう2年になる、ぼつぼつ寿命かな。

前のMacMiniは2年経たぬうち突然動かなくなった。購入先でもどしょうもなかった。

東京まで行ってアップルストアに持参したら、修理賃が4万円近く掛かると云われ、やめて捨ててもらい地元の店で新しくこのMacMiniを又買った。

今度のはDVD機器が付いて居らず、別購入させられた。

長年のアップルファンでもアメリカの企業は容赦はしない。

他にウインドウズの器械も持っているが、どうも使い辛い。なれというものは恐ろしいという事か。

現在のようにアップルの “I”ブームの時代になっては、もう離れるわけに行かぬようになってしまった。

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2014年2月14日 (金)

孫は所詮手の届かぬ存在か

東京では大雪らしいが、こちらはささやかな雨。

春先はいつもの事ながら荒れるな。寒暖がせめぎあう時期だからしかたないだろう。

2013年分のブログの製本を予定分は仕上がった。だんだん上手になって、最後は体裁よく出来上がるようになった。もう印刷屋さんの手を借りなくてすむ。

最初はどうなるかしらんと心配だったが、なんとかなるもんだな。

二つ穴パンチの一度に45枚も穴明けが出来るのを買う事になったが、¥1800.だから印刷賃に比べれば物の数には入らない。

これは楽だなあ、どういう力学を利用したのか知らないが、女子供でも楽にやれるだろう。

私も早く知っていれば、肋骨を折る事もなかった。

再生紙をつかえば、今は紙代も安いし。

現在は紙ばかりでなく、光ディスクやSDなど便利なメモリー類が数多くある。

保存したければそれらを利用すれば簡単である。思いも掛けない事だ。

私も所謂日記帳は1992年度でやめて、当時はワープロで文章を書き、フロッピーに保存した。

現在は以来何十年もキーボードが日記を書いている。

保存はいくらでもコピーが利くから、それからそれへと、宇宙にまで保存してもらっている。

このブログもその一つだ。

忘れそうな時思い出すのに全く都合が良い。

朝子が何時来るのか気にかけていたのだが、家内が電話してみると今ハワイに旅行していると云う。

わしとそっくりの気性だなあ、私のときは東京だったが。

説教も出来ないし、困った事だ。

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2014年2月15日 (土)

”消費は美徳”は今と違うか

雲がかなり多いが天気はよい。関東以北は大雪で大変だそうだから、やはりここらは南国というところか。

昨夜やっと19歳の少年が4回転ジャンプを引っさげて金メダルを奪取した。

先日の15歳の銀メダルといい、柔軟な身体でないと軽業は無理か。

41歳の葛西の頑張りは努力以外の何ものでもない事が良く理解出来る。

天はやはり二物は与えないものだ。

娘等は昨夜の羽田からうまく帰り着いただろうか、家内に電話しろというのだが忙しいからとうべなわない。苦労はするけど命の心配まではないか。

昼飯を外で食い、アイロンなどを買いに行く。ついでに掃除機も買う、いずれも古くなって機能が悪くなったからである。ささやかながらアベノミクスに協力する意味もある。

そう云えば何時ごろだったか、”消費は美徳”と云われた時代もあったっけ。

夜又東京へ電話し、やっと娘等の消息が分かる.昨夜8時頃新宿回りののろのろ運転電車で帰宅したとのこと。さすがに疲れた由。

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2014年2月16日 (日)

騒音

もう今はヘリコプターの時代とも言うべきか、朝早くからその爆音に目覚めさせられる。

毎日爆音の聞こえない日はないと云ってよい。

朝の風情として私は時々空を見上げ、その日の空模様と一緒に楽しんでいる。

考えてみると騒音などと思った事はない。近所で吹かす自動車のエンジン音の方が気がかりになる事の方が多い。

昔は音楽でもその練習次第では、遣り切れないなと聞かされる音から逃避する事が屢々あった。

中でも松田房夫君のアコーディオンは忘れる事は出来ない。

音楽会の前にでもなると、同じ曲を何時間も繰り返される。

二階と下だから、外出でもしなければ逃げ場は無い。

彼とは音楽鑑賞の仲間であったし、しばしばレコードや蓄音機を下宿の部屋に持ち込んで一緒に聞いたりした。文句を言って喧嘩などする相手では無かった。

軍隊の時東満洲の斐徳陸軍病院に盲腸炎手術で私が入院した時、奇しくも野戦重砲部隊に所属していた彼がカタピラに足を折られて同じ病院にて治療中で、私の手術の日、後送される事になり、別れの挨拶をうけたのが、生涯の別れとなった。

彼は内地の病院まで後送され、除隊となり、郷里の周防福川町(現在の新南陽市)で稼業に精出して、その消息は戦後もしばしば耳に入って来たが、遂に再会する事はなかった。

1期後輩だったが、数年前先にあの世に出発した。

クラシックに夢中になって、我を忘れるやさしい好漢だった。

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2014年2月17日 (月)

老人の思惑

41歳の葛西は遂に念願の銀メダルを獲得した。喜びで涙を流すまでには行かなかったとは本人の述懐だが、大した男である。

金までは行くというのだから、次のオリンピックも目指すのだろう。

顔は老けてるが、肉体は青年のそれだろう。飛行術は魔術に近いし。

こちらは只の老人だから、魔術は使えないし、孫娘に忙しいのに無理して逢いにこいでも良いと、昨日思いあまってメールを送った。

聞けば、就職してないのに次々といろいろ指図が会社から送られて来るらしい。

あまり遊び歩いても居られぬ雲行きである。

老人が要らぬ邪魔だてをしては、もうしわけない。

もう少し長生きするか、その決心を固める事にする。葛西選手は良い前例というわけ。

母校センバツ出場で寄付をと云って来たので、¥10000.振り込んでおく。

昔から応援に金が掛かるというのはよくわからないのだが。まあ祝儀と思えば良いか。

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2014年2月18日 (火)

日の丸飛行隊銅メダル

昼寝したのが4時間近く寝たらしく、目覚めてしばらく朝か夜か判然とせず夢を見る思い。

外で昼飯を食って帰ったのは思い出したが、それから寝たにしては長過ぎる。もう夕食の時間である。

ボケが進行したな。

昨夜の日の丸飛行隊の演出がまずかった。

結局ドイツ、オーストリアに及ばず銅メダル。いつまでも41歳に頼っていては駄目なことが証明された。

私の寝不足も頂点に達したらしい。

孫は忙しくて来れない事に決まった.夢では無い。私が昨日急に思い立って仕向けた事だ。

運がよけりゃ又いつか逢えるだろう。

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2014年2月19日 (水)

デイケアーの楽しみ

夜の間降ってたらしく庭の樹々は濡れそぼっている。

デイケアーの日、もう慣れたから待ち遠しいほどだ。

老人ばかりのつどい、思っていたほど陰鬱の気配はない。

もちろん若者たちの騒がしさはみじんもない。

あってなきがごとき静寂がなんとなく老人の心をなごめる。

足腰の痛みはすっかりなくなった。

快適と云ってよい。何時まで続くか却ってその方が心配だ。

も少し暖かくなれば、あまり遠く無い所までドライブしたい。温泉で一泊というのがいい。

90歳ともなればもう世俗はうんざりだ。

デイケアーいつも通り8名、うち女子2名。なんとなく定着した感じ。

段取りの良さと慣れもあってか、時間も余裕を残して終わる。

今日のおやつはお好み焼き、小皿に盛られた一寸不思議な感じと云ったらおこられるかな。

コロコロとトウモロコシがいつもと違っていた。

眠気に誘われる3時間だった。

昨日のオリンピック所感は私の軽率な言い方だった事を改めたい。

後の報道を聞くと、日の丸飛行隊も負傷者が多く万全ではなかったらしい。

運動には運不運とは別に故障、怪我はつきものといってよい。

力の差、練習の差とはいいきれないものが勝負には多分に原因する。

よくやったとたたえる方が当たっているようだ。

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2014年2月20日 (木)

梅花とマンサク

広島ガスの社員がスノーボードで銀メダルを取った。身近な名前が突然テレビに現れたので驚いた。逆にオリンピックが始まる前から人気のフィギュアの浅田選手はショートプロで第16位のスタート、驚きが倍加する。

げに雪の世界は予測がむつかしい。

昼前、梅の開花を見に植物園に出かけた。

まだ数本ちらちらと咲き始めているばかりで、様にならない。

マンサクが数本固まって黄色の花を見せつけてくれる。こちらはもう満開だ。

さして賑やかではないのが残念。

まだ客足は遠そう。

簡単に食事をして帰る。

わずかな距離を歩いただけなのにひどく疲れる。もう気力だけでは駄目なようだな。

足が思いがけず重くて運べなくなった。

膝も痛くなりそうだし、これが痛み始めるともう歩くことは出来ない。

体力のなさを思い知らされた。

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2014年2月23日 (日)

宝の持ち腐れ

IP4200がやはり故障回復は難しそう。

新しい6200でやらねば駄目らしい。プリントは最近去年のブログを4冊の本に仕上げたが、これは6200でやった。

古いのはもう10年酷使したから寿命だろう。

私の手ではもうどうにもならないようだ。

本の様な両面印刷は6200のものだが、写真の色調が良かったから長年飽きずに4200を使った。

新しい器械は何でも出来そうだが、操作がだんだん面倒になって老人には理解が難しい。

出来たら古いままでやり続けたかった。

パソコンでもそうだ.もう老人の使うものではなさそうだ。機能が沢山あり過ぎる。

たかだか20年で今日を予測し得たのだろうか、天才たちの底知れなさに驚き入る。

iPhoneでも電話機として使ったのはもう2年位なるというのに数回しかない。

よそからは掛かった事は一度もない。

一度起き抜けに身体が動かなくなり、下の階に寝て居る家内に助けを求めた事があるきりである。

全く宝の持ち腐れである。高い数万円といえよう。

もっともiBookは助かっている。これ一つに価値を認めている私だが。

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2014年2月24日 (月)

日本の中だから日本語で話せ

今日の新聞の一面にいきなり「レジェンド」「カーママ」とある。

何の事か判らない、辞書を見たがかたや伝説とあり、方や辞書にもない。

記事の本文を読んでもよくわからない。

どうして新聞はこうした言葉を使うのだろう。

本文には“天才少年と41歳の「レジェンド」がメダルを手にし・・・”とあるがやはり意味が繋がらない。

記者自身の思惑もあっての言葉だろうから、その主意を説明するなり、日本語を併記すべきだと思う。それとも日本語よく知らないとでも言うのか。

この広い社会に出て、最近日本語が書けない、判らない人が多いのにかねてから驚いている。

難しい言葉を言ってるのではない、普段使っている常識的な言葉の事を言ってるのだ。

もちろん学校で教えてないからだろう。韓国大統領が言うように歴史を知ろの言葉がそのまま当てはまる。ごく最近の生き証人の居る歴史的事項でも、誤りが多い。

事実を偽り、故意に事実を曲げて伝えられ行く風潮は、どうしたらいいのだろうか。

勝者の支配する武家時代の歴史ならいざ知らず、今は勝者も敗者もない、自由平等な時代である筈である。

故意に訳の分からない言葉をさも常識のごとく吹聴する愚は止してもらいたい。

自由平等な時代だからこそ誰にも理解出来る平凡な言葉を使ってもらいたいものである。

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2014年2月25日 (火)

我が家の一大事

終日掛かって、家計簿の集計が出来上がる。

天引きがあったり、予期出来ぬ支出があったり、案外一筋縄では結了しない。クレジット払いが複数あるとこれも又難儀である。

結論を言えば、我が家は相も変わらず放漫経営だな。

年金だけの収入だから、それ以上は出所はない。

一応誰がやっても、天上が見えてるから心配は無さそうだ。

自動車のハンドルの調子がおかしい。

車検の時車屋さんから言われては居たけど、思いがけず難儀にあって気がついた。

車を買い替えるとなると大出費である。

先はもう見えてるしどうすればいいかな。

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2014年2月26日 (水)

デイケアーの楽しさ

デイケアーに出かける段になって雨になる。迎えの車だから傘は持って出ない。

人数は最高の9名である。

ちょっと賑やかかな。しかし老人ばかりだから静かなものである。

人生終末ともなれば、声を出す元気もなくなるものか。

器械はときどき騒がしい音を立てる。これはいろどりになっていいか。

予定の3時間あっという間である。もう段取りも良くなって、最後は余裕十分。

今はどこも痛くも痒くもないから私も面白くてたまらない。

若い娘たちの愛想の良さも嬉しい。

改めて健康の良さを痛感する。

浮かれ過ぎて介護認定を外されては困るのだが、このケアーがなければ、すぐ動けなくなるのは目に見えてるから、そのくらいは分ってくれるだろう。

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2014年2月27日 (木)

人類の歴史に希望は無さそうだ

もう春の気配は争えない。雨模様で寒々とはしているが,さす様な冷たさはない。

昨日ケアセンターの女の子が戦争時代の話をしっかり聞きたいと云ってたが,話せば永くなり語り尽くせるものでは無い。

私が10年前にまとめた「私の軍隊生活」を読んでもらう事にして、コピー印刷に掛かることにした。

女の子だから、口で言う程興味を持ってよみ尽くせるか,疑問だが。

改めて転載先のホームページ「語り継ぐ戦争の記憶」を覗いてみると、どなたが管理していらっしゃるのか知らないが、どうやら私に接続して来て勧誘された方はもう居られないらしく、現状維持に止まっているようだ。

新規に搭載される記録も当然少なくなるだろうし、ホームページ自体の消滅ということもあり得るのではと心配である。

時が経つ、記憶が薄れる、これは何事も避けては通れない。

悲しいけど仕方がない。

そして真実は必ずしも正しく残らない、

何時の場合も勝者の作り上げた歴史だけが残って行く。

敗者は悪であり,犯罪者を独占する。

僅か半世紀過ぎただけで、かくも偏向し始めている。

やはり人類の歴史に希望はなさそうだ。

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