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2014年1月29日 (水)

手紙など先祖が残した貴重な資料

天気は良さそうである。

肋骨の折損でどうしようかと悩んでいたが、何とか行けそうで安心。

家内は頻って反対するのだが、足の運動が主だから,マッサージ位を除けば痛いものは無い。

足の運動はしっかりやっておかねば先が心配だ。

出席を決断する。

今朝の新聞を見ると、日露戦争当時陸軍大臣だった後の総理寺内正毅の資料類を,遺族者の方から山口県庁に寄贈されたと報道されている。

私も昔寺内図書館を訪れた経験を微かに憶えている。

山口市内から歩いて隣村の宮野村まで随分距離があったことまで。

当時戦前で,山口聯隊兵舎がその近辺にあったと思う。

何故こんな所にと思ったが,彼の生家が近くにあったらしい。

乃木大将関連の書簡類もあるらしい。

二人は同世代で同郷だし,親しかったかも知れない。

遺族も東京に居られるらしいが,散逸を怖れての処理らしい。

大変結構な事である。

私の先祖も名家などといったものではないが、古くからのがらくたが蔵に沢山残っていたことを憶えている。

伯父の金鵄勲章や武士ではなかった筈だから,刀剣やりの類は大竹戦争で拾ったと聞いていたが沢山あった。

戦争から帰って見ると,私の家もだが伯父の住家も爆撃で壊滅していた。

ゴミとして始末されたのだろうが,残念でも私の記憶をよみがえさせるものは何一つ無い。

話が変わるが、私の家でも一つ記憶に残る事で残念なのは、父が保存していたアメリカ、メキシコのカリフォルニア移民の住所録である。確か日系の当地の新聞社が戦前発行したものだったが、かなりの分厚な書物だった。サンフランシスコかロサンゼルスかの新聞社発行で、もちろん日本字の住所録だった。

移民たちの現状から出身地の詳細な住所など一人一人かなり詳しいものであった。

親父がメキシコの鉱山から脱走して長年助け合った仲間の、名前や郷里など親父から聞いて印を付けて居たのだが,飛散して何も残らない今は、もうなすすべもない。

戦後国会図書館もネットを利用してこの本を探したが,とうとう見つからなかった。

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