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2014年1月26日 (日)

広響のチャイコフスキー演奏会

広響演奏会の日だが、ちょっと雨がちらついている。

予報は曇りのち晴だが。

食事はアルパークで食べて、おもむろに平和公園に出かける。

途端に雨が降り始める。元の原爆事務所に逃げ込む。

20分ぐらいして小止みになったので,国際会議場ホールに急ぐ。

既に開場されていたので入場して待つ。

秋山和慶指揮の広響演奏会が15時きっかりに始まる。

オネーギンのポロネーズをきっかけに。

チャイコフスキーのバイオリン協奏曲、ベテランの堀米ゆず子、名前はとっくから良く承知しているのだが,生で効くのは始めて。

うまかったなあ!軽く引きまくると云った感じで、コンクール当たりで引く若手の奏者の息苦しさは毫も感じられない。素晴らしいもんである。

観衆皆そう思ったらしく,アンコールの拍手がいつまでも絶えない。2度おまけの小品を演奏したが、それでも止まらない、団員が立ち上がって帰り支度を始めて、仕方なくコールが止んだ。

随分無礼な終わり方だったが,終わりごろには拍手しながら苦笑する聴衆の声も聞こえたりしたから,頃合いだったのだろう。

休憩を挟んで今度は「悲愴」である。

これは秋山の自家薬籠中のものらしい。生で聞くオーケストラの威力をまざまざと感じさせられた。

第1楽章、第3楽章はこれぞ生の演奏だぞと云わんばかりの管楽器,打楽器のオンパレード。弦音は隙間からこぼれる透明な水のごとく淡い。

勿論放送で聞く音楽では無い.ましてやCD,テープの類いの音楽では更に無い。かねてから、シンフォニーは生で聴くものだと,自覚はしていたがこれほど差がでるとは思わなかった。

秋山の演奏に一工夫もふた工夫も感ぜられた演奏だった。

国際会議場の音響効果もすばらしい。専門家はどう感じているのだろう。

今日の演奏は,という次第で録音しても無意味である。聞きに来た千人の聴衆のものであった。

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