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2013年12月 3日 (火)

うらやましい死に方

先日も取り上げた、文春の”うらやましい死に方”30編の手記。

本当にうらやましい死に方と言わざるを得ないが、私の親類縁者のそれを振り返ってみると、いづれも悔い多く、とてもこの人たちの足許にも及ばない。

父などのように若くして苦しみもだえて、命を引き取り、母のごとく7年間も半身不随で幸多き日に恵まれたとは思えぬ生涯をおわり、むしろこれが必然の死への進路かと思いつつ、私も今日にいたっている。

人は人、我は我。行く道の違いは当然。撒いた種と諦める以外はないが、”うらやましい死に方”など出来るのであろうか。

死期を悟った某上人が、自分で墓穴を掘り、食を断ち絶命した話も聞くが、悲壮と云わんか、うらやましさを通り越して、凡人の考え及ぶ所では無い。

いずれ父母の例に習い、苦汁の最後を経験することになりそうだが、終わりよければすべてよしの諺通り、畢竟人のありうべき道を素直に通り抜ける以外になさそうである。

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