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2013年12月 1日 (日)

余生は天の命ずるまま

今年も最終月に入ってしまった。

未だ分らないが、最後の年になるかも知れないと思いつつ、今日まで来た。

これでよかったのだろうか、何だか感慨深い。

友と云う友はほとんどいなくなった。

今辛うじて残っている友も無限のかなたにいる。

語る過去はもはや独言に過ぎなくなった。

残るは死の瞬間だけである。

今月の文春に掲載された”うらやましい死に方”は正に皆尊い手本と受け取った。

とても真似は出来そうにないが、死は決して苦しみではないと知ってうれしい。

覚悟よければそれでよし、後は天の命ずるまま、急ぐこともじらすこともない。

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2013年12月 2日 (月)

日記かブログか

日記は夜になって書くものだとコメントいただいたが、うっかりしてたなあと覚醒の思い。

私は考えてみると夜昼の区別がどうやら尽き難くなってるらしい。

時刻に関係なく寝るとは先日も書いた通り、日にちの区別もままならない。

朝夕はしばしば間違う。

日記と云うよりブログという方が理がかなっているかも。

今は日記帳と云うノートもない。パソコンで空中に時刻に関係なく思うまま書いている。

日記形式というのだろう、小説でも随筆でもない、ましてや文学理論でもない。

単なるweb-logーそれならやはりブログだ。

コメントいただいた方たちにお断りしておきたい。

もちろん夜書くことが多いが、卒翁に時刻の区別は付けようがない実情、起きてるときはいつでも書ける時刻、ご推察願いたい。

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2013年12月 3日 (火)

うらやましい死に方

先日も取り上げた、文春の”うらやましい死に方”30編の手記。

本当にうらやましい死に方と言わざるを得ないが、私の親類縁者のそれを振り返ってみると、いづれも悔い多く、とてもこの人たちの足許にも及ばない。

父などのように若くして苦しみもだえて、命を引き取り、母のごとく7年間も半身不随で幸多き日に恵まれたとは思えぬ生涯をおわり、むしろこれが必然の死への進路かと思いつつ、私も今日にいたっている。

人は人、我は我。行く道の違いは当然。撒いた種と諦める以外はないが、”うらやましい死に方”など出来るのであろうか。

死期を悟った某上人が、自分で墓穴を掘り、食を断ち絶命した話も聞くが、悲壮と云わんか、うらやましさを通り越して、凡人の考え及ぶ所では無い。

いずれ父母の例に習い、苦汁の最後を経験することになりそうだが、終わりよければすべてよしの諺通り、畢竟人のありうべき道を素直に通り抜ける以外になさそうである。

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2013年12月 4日 (水)

介護支援

カレンダーを見ると、今日の午後市の介護課から来てくれることになっている。

さて何のため来てくれるのか、こちらが頼んだ筈なのだが思い出せない。

先月末ごろ体調が悪くて、動き難くなったとき頼んだ様な気がするのだが、正確には思い出せない。

今は来て貰う必要はない感じである。

対応に困るなあ。

家内はどこかリハビリ施設を紹介してもらう為では無いかと云う。

歩く練習をするわけか。

散歩でもすればいいのだが、只漫然と歩くのが嫌いなので、時間はあってもその気にはならない。

昨日も歩行訓練を兼ねて、花に期待出来ない季節の植物園に行ったが、

いくらも歩けない。すたすたとは足が動かない。

膝も少し痛いしなあ。

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午後1時半市の包括支援センターから来られて、いろいろリハビリ支援の相談を受ける。

来週の水曜日に一度試験的に近くの施設に紹介してもらうことになった。

指導者も付いてくれるらしいが、行って見なければともかくわからない。

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2013年12月 5日 (木)

荷重配線

日本晴れのいい天気だ。

ここのところ腰抜け現象がどうやら治まったらしい。どうしてか全然分らない。

薬も呑まないし、湿布などはったり張らなかったり、効き目があるなどは場所的にいっても考えられない。

せいこう先生も頭をかしげておられたが、やはり精神的現象なのだろうか。

治るということもどうもふにおちない。

再来年のNHK大河ドラマが吉田松陰の妹文が主人公になるらしい。

そんな小説を聞いたことが無いが、改めて誰かが創作するのであろうか。

最近の小説にしろ、ドラマにしろ、創作手法が大分変わって来たらしい。

人気が出そうな人物、事実などをテーマに持て来て、後は新しい視点で作り上げる。

私の気づき方が遅かったか、過去をいろいろ訊ねてみると、似た手法は多い。

会津の八重さんは受けたらしいが、松蔭の妹ではなあ、夫の久坂玄瑞は24歳で蛤御門で死んでしまうし、史実も噂の域を出ない。

ともかくも私の尊敬止まない松蔭も登場するだろうし、80歳年長の久坂玄瑞もかねてから関心深き郷土の先輩の一人である。

楽しみではある。ただ1年先だからなあ。

好天気を利用して、私の部屋の掃除を始める。ベッドをそっくりベランダに出してベッド下の配線や贓物類をはたき出す。

夏ごろから気になっていたが、特にベッド下のコンセントのたこ足配線が一番気になっていたのだ。

ほこりがたまりやすいし、スパークも起こしやすいし、永い間その道と関わり続けて来ただけに、心配で最近はスイッチを入れるのも気にしていた。

午後2時までには元通り片づけたからもう心配はない。

ブレーカーも最近風呂の工事の時造り直しているから、もう問題はないだろう。

自分だけでなく近所の人にまで迷惑をかけるようになっては、死ぬにも死ねなくなるからな。

昨日は市の人が来た時電気ストーブが付かないでバタバタした。使い慣れないので過重使用でブレーカーを飛ばしてしまっていた。

電気ものは配線に気をつけないとこれをやる。台所ではしょっちゅうである。

隣の部屋から引いたなら何でもないのにと、軽卒を悔やむ。

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2013年12月 8日 (日)

奇跡のサンフレッチェ連覇

信じられぬことが起きてしまった。

サンフレッチェの逆転優勝である。横浜は格下のチームと2試合のこして2位以下に勝ち点5以上リードしていた。

楽々優勝と思っていた。名手中村を擁し、隠れもない実力のチームである。

当然優勝するものと、思っていた。

地元サンフレッチェも先日惜しい所でこのチームに敗れ去っていた。

後2試合で2勝しなければ追いつかない。

しかし奇跡が起きた。

横浜が2敗し、サンフレッチェが2勝したのである。

何ものかが強い力で勝敗を入れ替えたとしか思えない。

広島では大騒ぎになった。サポーターは大挙して敵地に乗り込み、地元の球場でも3千のファンがモニターを眺めたというのである。

これは正にきちがい沙汰だ。長年生きて来たがこんなのない。

私の冥土土産なのかもしれない。

この試合が済んだ後見たテレビでの横浜と川崎の一線の凄まじさには驚いた。

総力を前線に上げて、パワープレイに徹する横浜、全力で防ぐ川崎、見応えがあったなあ。

遂に逆転には繋がらなかったが、見事な最後の逆襲だった。

この川崎の死闘こそがこの逆転劇の生みの親だった。

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2013年12月11日 (水)

とうとうデイサービスを受ける身になる

今日から介護支援センターのリハビリ支援行事が始まる。

朝起きてすぐやや緊張感。

庭を歩いてみて、これで何とかなるかしらと案ずる。腰は何とかごまかせるが、膝の痛みはどうにもならないかもしれない。

私の場合はもう遅すぎるのでは。

でも,先般ののMRI検査と同様、あたってくだけるしかあるまい。

デイサービスセンター「オムエル」というのだそうだが、予定通り午後1時頃自動車で迎えに来てくれる。

先ずお役所仕事としては鄭重過ぎるくらいの扱いに恐れ入る。

同じ時間帯では7人だったが、私だけが新米のテスト生で、何もかも教わるばかり。

十数台のサービス器械に次々のっかって、所用のトレーニングなどを行うわけである。

生まれて始めてだから、一々面食らいながら、教わった通りこなして行く。

夫々の器械には個人差に対応出来る様な仕掛けが出来ているので、心配していたこれ等の器械は私には出来ないなどというものはひとつもない。実に軽々としかも快く、少しの苦痛もあたえられることはない。

間になんどかの休憩時間も入れられて、つつがなく本日の予定の3時間が終了する。

もちろん事後担当者の伊勢本氏からの、問いかけにも異議なく応じて、引き続きこのリハビリテーションに参加し、トレーニングして貰うようお願いする。

益々寒くなる時期,風邪の心配がきがかりだが、決めたことは仕方がない、気をつけながら実行するつもりである。

仲間も未だ増えるらしいが、同じ世代の老人たち、むしろ私が一番年寄りだが、気心もみなよさそうだ。

仲良くやって行く以外にない。

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2013年12月12日 (木)

歳末多忙

いい天気になる。

長女が電話を掛けて来てこの日曜日に来て掃除をしてくれるとのこと。

ダウンしそうな家内は大喜びである。

年末ともなると人並みの掃除がある。古くなったふすまや障子のはりかえまでしなければならない。

天上回りから、沢山の棚の屋根まで、まったくきりがない。

市役所の是竹さんも電話で来週月曜日の16日うちに来て、デイサービスの打ち合わせを担当者とするからと云う。

急にバタバタと忙しくなったなあ。

来客など久しく迎えたこともないのに。

茶位は出さないといけないだろうねと首を傾げる。

お役所というのはここが違うのだ。

まあ仕方がない。

太平楽を並べている私は、いくらか軽くなったかな今日は!

家内のお茶の畏友角さんのご主人が先日永眠された由.98歳とある。楽な最後だったとか。

私も真似したい。

バタバタしないで済む世界がいいよ。

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2013年12月13日 (金)

懐かしい思い出の地新京

昨夜は降ったらしいが今は上がっている。空も明るいし、天気はよくなるらしい。

私の部屋は晴れた日とそうでない日の差は熱帯と寒帯のそれだから、大いなる影響はまぬがれえない。

未だ三月は十分辛抱しなければいけない。

寿命とどうかな。

最近驚く様な話が多いのだが、1940年に昔の満洲国の首都新京(現在の長春)に住んでた頃、人口が30万人になったと聞き、日本人も一万人を越えたとおどろいたものだったが、8年前ツァーで訪れた時、ガイドに人口はすでに600万人だといわれた。

それでも比較的静かな近代的大都会だなあとの思いは変わらなかったのだが、現在は北京、上海などと同じく悪性のスモッグに悩まされているらしい。

今も同様だが、国交が少しおかしくなってた頃で、不愉快な場面にあうことが多く、楽しい旅行では無かった。

ツァーの構成も、呉市からの一家族4名と私達夫婦、合計6人の淋しい観光だった。

私が軍隊に入る前8ヶ月新京に居たからその懐かしさで、又呉の人もばあさんが瀋陽の近くに住んでいたらしく、やはり昔を思い出したくて、訪問をする気になったようであった。

昔勤めていた会社のビルも外観もそのまま目抜きの大同大街(昔の街名)に記憶の通りそそり立っていた。

中国は日本の遺産をそのままうまく利用して、経済発展を齎したのだなと、言わず語らずその形が証明していた。

行きも返りも飛行機が遅れて、十時間もロスし、旅そのものの楽しさはなく、経験者の二人だけの思い出に尽きるものだった。

2002年9月に北京にも行ったが、その時すでにスモッグが掛かり始めていた。

先日の報道など、恐るべき深化といえよう。

美しかった新京も取り返しがつくであろうか。

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2013年12月14日 (土)

総理へのおもねりか

昨日は裏の極楽寺山に初雪が降ったと報道された。

裾野の私の家の近くと頂上(標高約7百米)では2度は違うから、昨日の朝は1度だったから頂上ではマイナスに下ったのであろう。

東北や、北海道は猛吹雪で積雪1米にもなろうとしているらしい。

いつもながら日本の四季の変化、多様さには驚かされる。

満洲の昔の新京も旭川と殆ど同緯度で、寒さは凄かった。雪は降らなかったが、氷は10月には張った。

会社のビルの横の空き地に水を張られ、翌日には出来たリンクでスケートを練習した。

生まれて始めてだから転んでばかりいたが、入隊前2ヶ月間で完全に滑れるようになった思い出がある。

関東軍に入隊させられたからほん一寸役には立った。

医師の診断で、心臓が凄く弱っているといわれてるが、あまりせからしいことはしてないから、自覚するほどでは無い。

しかし寒さの対応は自分ながら難しい。

今日のNiftyのトップニュース欄に下記の記事が載っている。

先日私もこのブログで取り上げたように、吉田松陰の妹文が小説の題材になったり、ドラマの主人公になったりしたとは、聞いたこともなかったが、この記事も取り上げて、安倍首相へのおもねりだろうと書いている。

私は好きな松蔭がいやでも登場するだろうから大喜びなのだが、NHKともあろうものが、この記事の様な作為を秘めて、ドラマを造るだろうか、一言なかるべからずと思うのだがいかが。

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井上真央に忍び寄るアベノミクス逆効果!


  • 「吉田松陰は知っていても妹は知らなかった」

 とは、再来年の大河ドラマ「花燃ゆ」で主役・文を演じることが決まった井上真央(26)の製作発表での一言だ。

 舞台は幕末に吉田松陰が長州で開いた松下村塾、後に松蔭の一番弟子・久坂玄瑞と結婚する文を通して幕末の騒乱を描くという。もちろん文が明治維新の生き証人であるのは間違いないとはいえ、放送中の「八重の桜」の新島八重と同様に主人公のマイナー感は否めないところだ。

「大河では08年の『篤姫』09年の『竜馬伝』、今年の『八重の桜』と定期的に幕末モノを取り上げています。主役も昨年が松山ケンイチ、今年が綾瀬はるか、来年は岡田准一と男女が交代になるのがここ数年の流れだけに、今回が女性主人公になるというのも納得できます。しかし、松蔭ならまだ知れず、無名な妹を主役に据えるのはあまりにもムリがある」(テレビ誌デスク)

 15年の大河候補にはほかにキムタク主演で信長、沖方丁原作の「光圀伝」などが有力視されていたというが、それを押しのけた理由とは?

「これもアベノミクス効果ではないかと永田町界隈では噂されています。いま長州を持ち上げて喜ぶ人物と言えば山口県が地元の安倍総理が真っ先に思い浮かびます。実際、第1次政権時代にはNHKの放送内容に圧力をかけたと報じられたことがあった安倍総理ですが、来年1月のNHK会長人事にも安倍カラーが色濃い人物の就任が見込まれています」(政治部記者)

 果たして猛威を振るう安倍政権へのNHKなりのおもねりだったのか?

「特定秘密法案」をゴリ押しさせ、就任来初めて支持率を落とした安倍内閣だが、つられて大河の視聴率も失墜しなければいいのだが…。

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2013年12月15日 (日)

歳末多忙、高見の見物

朝丁度0度の気温.今冬最低か。

昨日本屋を覗くと、先月「うらやましい死に方」に気をそそられて、文春を久しぶりに買ったのだが、未だ3分の一も目を通さないうちに、新年号が店頭にうずたかく積まれている。

目次を拾ったが興味を引くものはなかった。

代わりに「歴史読本」を買った。江戸大名の失敗の研究というのが興を引いたからである。

関ヶ原後に当然大名の大改廃が行われ、大坂の陣以後徳川の天下が始まった。

それから3百年、4割の大名がつぶされたというあとがきを見ただけで興味を引いた。

現在も企業の存廃は激しい。浪人の出来る割合は変わらないのでは。

しかしよくも天下太平が続いたものである。

この本がどんな解決を与えているか未だ分らないが、まあ楽しみにしておこう。

年賀状を印刷し始める。もうドンドン減って、50枚買っているのだが、それでもあまりそうだ。

もう生は無い,死だけである。ゼロが間近い。

めでたさも隠し味で行こう。

長女がお昼にやって来る。

年末の掃除にである。家内も俄然元気をとりもどす。

私の部屋もきれいに片付く。ありがとう。

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2013年12月16日 (月)

介護も契約で始まる

曇の予報だったが,午前中は快晴で申し分ない。

介護の会議があるので、朝から落ち着かない。

お役所も仕事の丁寧さが、喧しく求められていると見え、相手になる庶民の私達はなれないことで、どうしてよいかわからない。

身内のものしか来ない我が家、今は応接間も寝室になって、他人様にお出でを願う構えにはなっていない。

おろおろするばかりである。

娘がやってきて始末してくれたから、おかげで何とか格好はついたが、来客としての対応は勿論出来ない。

身内の上という待遇になる。

午後2時半前後にデイサービスの伊勢本氏、市役所の是又さんと相次いで来宅。

ちゃんとした契約がいるらしく、丁寧に説明を聞く。

契約だからちゃんと署名捺印がいる。

被介護者だから何がおこるか分らない。予防策と云った所か。

会議と云うから何だと思っていたが、結局この契約を円満に結ぶと云うことだけのことだった。

コンピューターの契約と違い,短い契約書だったから,短い時間で済んでよかった。

内容を要約すれば、万一被介護者に間違いが起きても,介護側に損害賠償など起きないようにと云う約定一冊ということだろう。

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2013年12月17日 (火)

幸福な一日

何だかひと騒動あったかと云った後の日の感じである。

えらくつかれた。

娘が来て一日中家の中をかき回され,次の日は昔の学校の先生の自宅訪問の気分で,息がひそまった。

考えてみると我が家はふだん平和の極意をえとくしながら、すごしているといってよいようだ。

一寸した波瀾でも,台風並みになる。

年末には東京から大挙して来ることになっている。寒いときだから気遣いも大変である。

頭脳も身体も並みの回転はしない。

気の利かなさはもう諦めてもらう以外に無い。

長女は私の実母に似た所があり、何事もてきぱきと決断が早い。

まあおまかせするのがいちばん無難なようだ。

雨にはならないが、雲が深く終日気温が低い。

老体にはじわーと響く一日となった。

ブログに書いても仕様がないような日だが、これも老人のしあわせな一日だ。

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2013年12月18日 (水)

デイケアー初日

今朝はしとしとと降っている。

午後はデイケアーが3時間待っている。雨の中をさまようことはなさそうだ。

午前中障子の張り替えに必要な障子紙を買いに出かける。

家内のお手伝いだがやむを得ない。

食事も素早く済ませて,デイサービス運搬車のお迎えをする、案外気ぜわしい。

予定通りデイケヤー第1日目である。

今朝の雨のせいか,同僚は4名だけ。

始めてだから軽いメニューらしく、さほど苦しいことはない。職員たちは手慣れた仕事だから、よたよたする老人たちを手際よく次から次へと器械に載せて行く。

幼稚園の園児と違って,転びでもすると大怪我になってしまうから,油断は出来ない。

ちょっと見せかけは体操ジムに似ているが、内容は大違い。職員たちの方の緊張の程が伺われる。

結構忙しい第1日だったが、終わってみればずっと身体が軽くなった感じ。

これはいいなと思わず小躍りしたくなる快適さ。

続けざるベカラズである。

これ以上長生きしては悪いのだが,成り行きでは仕方がないかも知れない。

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2013年12月19日 (木)

年金から貯蓄

昼前には晴れて,暖かい日の光が部屋に差し込んでくる。

昨日のトレーニングの影響か、いくらか身体の節々が重苦しい。

滅多に使うことの無い筋肉が目を覚ましたのだろうか。

効果覿面と云うことばがあるが、足のふくらはぎから足首にかけての、皮膚のしわしわには驚いた。

時には腫れて,大根のようにキンキンに膨れ上がって、指でおさえてもへこみもしなかった足の、骨が浮き上がっている。

その上に皮膚が骨に巻き付いて,大きな血管が地図を描いている。

これだけで何だか嬉しくなってしまった。

家内は午後菜っ葉の漬け物の付け替えをせっせとやっている。

未だ自分で漬け物が出来る年齢である。器用なことである。

一日早く信用金庫の外交員が集金にやってくる。月賦で少しばかり預けている。年金生活者のくせにおかしな話である。

もっとも年金だって、貰っただけそっくり消費してはいざという時困る。震災はどこにでも何時かは来る。

長い生涯で身に付いた苦い経験が家内にもある。

その手助けをしてくれるのが庶民の金庫である。当然と受けとめて悪くはない。

私が若気に任せて,途方も無い商売に手を出して,結局随分損したが、家内が皆尻拭いをしてくれる結末となって今日がある。

我が家の神様である。

私には言分はかけらもない。

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2013年12月20日 (金)

気にしない、気にしない

朝雪景色。危うく広島総合病院に出かけるのを忘れるところだった。

7時10分過ぎ目覚めて気づき、急いで準備を始める。

外を覗くと風に吹き捲くられて大きな雪が舞っている。

これは寒いぞと防寒外衣を身にまとって出かける。待ち時間1時間,ちょうど寒くなくて良かった。

若いときと違ってとっさの知恵はよく働く。

午前十時には雪は治まっている。風は時折強く舞ってるが。

デイサービスに行くことになって、いやでも老人としての動作に気配りが働くようになった。

一歩一歩歩く度に目で地上の状態を確認する。なんだか癖になった様な気がする。

小さな凹凸でも、うっかりするとけつまずく。これがもうなくなったかな。

乾癬の状態も目下のところ異常なし。急ぎ帰る。

膝の痛みも昨日今日ほとんど感じない。

デイケアーで膝の運動はいろいろ数多くさせられるが、それが役立っているのかな。

こんどのケアサービスは何ヶ月、一年と云ったスパンで効果を見ているらしい。

やはり毎日の積み重ねが大事だ。

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2013年12月23日 (月)

天皇誕生日

天皇誕生日である。80歳になられるとか、いい天皇だなあ。

どこの国も、主権をめぐって争いが絶えないようだが、我が国にはそれが絶えてない。

やはり聖徳の言葉がふさわしい。

皇后様も良い。夫唱婦随ぶりは他国には見られない光景だ。実に美しい。

天皇制を否定する左翼の政党も、気勢をそがれてうんすーも出ない。

いやが上にも一枚岩に見られる,日本の政情の成因といえるだろう。

別に強い国,富める国、でなくてもよい、平和であればそれで良い。

戦争とは何か、実情を知らない世代,敗戦の苦しさの経験の無い世代もまだ主力とはいえない。

従ってそれを言い出す愚かさは誰も持ち得ない。

後20年もしたら、何を言い出すかわからない世代になりそうだ。それからが正念場だ。

陛下にも人を得たい。

庶民はとかく移り気である。世情に浮かれて何を言い出すかわからない。

筋を通し,世情をまとめる力がなくてはならない。

私にはもう先を語る資格は無い。人を得、国の幸を祈るのみ。

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2013年12月25日 (水)

デーサービス,得な日

腰が昨日から痛くてなおらない。なんとか動けることは動けるのだが。

今日のデーサービスが心配である。

昼まで快晴が続いている。

ひなたぼっこがすばらしい。

迎えの車でデイケアーに向かう。

健康を害するものが増えて,今日はとうとう3名だけ。

そのせいもあってか、訓練の内容が濃密になる。

私も5割増にしたから、いささか疲れる。

腰の痛みもあったから、少ししんどかったかなあ。

しかし無事凌ぎ切る。

元日が水曜日にかちあうから、今日が今年の最後の日。

いいお年をと、口を揃えて、今年のお別れを言って送り出してくれる。

そうならないかもしれないぞ、と又あまんじゃくが口から出る。

腰の痛みは少し軽くなったみたいで、熱めの風呂でゆっくりほぐす。

明日になったらよくなってるかもしれないな。

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2013年12月26日 (木)

安倍総理靖国参拝に掛けたか

今朝我が家の寒暖計は摂氏4度を表示している。急に暖かくなってるのに驚く。

南方の低気圧のせいか。

日が照らないから、気温が上がらない。部屋の中は暗く寒い。

振り返ってみると,毎年、年末の数日何をして過ごしたか皆目思い出さない。

空白に近い。

気持ちが明日に飛んでるからだろうか。

気持ちだけがやけくそに気ぜわしいことだけ印象に残っている。

午前中遅くなって内藤内科に行く。今日は半日診療である。凄い患者の量で、腰掛けが無いので予備椅子を出して来て掛けて待つ。1時間以上待ってやっと順番。

脈拍に乱れがある由。寒いから気をつけるようにと注意。

もう永くはないと期待しているのだから、ようやくそのお託宣が来たかの思いである。別に驚きは無い。

待合室のテレビが安倍総理の靖国神社参拝を実況放送している。

中国、韓国の感情を無視してとうとう決行した。

いつでもあけて待っていると誘いをかけても乗って来ない,両国にそれではご随意にと引導を渡した格好である。

これが外交というものだろうな。

下手に出っぱなしは,却って馬鹿にされることがある。いいタイミングだろう。

今は国交断絶はあっても、軍事力行使は絶対出来ないご時勢である。

原子力を持っていても宝の持ち腐れである。侵略でもされない限り使い道は無い。

尖閣や竹島くらいではな。

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2013年12月28日 (土)

敗者=戦争犯罪者か?

今朝マイナス1度と始めて零下に下る。

門の錠が凍結して動かない。湯を掛けてやっと門を開く。

天気はよく日射しが間もなく、部屋を暖めてくれる。

安倍総理の靖国参拝が波紋を世界各国に及んでいるらしい。

戦犯合祀が原因であることは明らかである。

では戦犯とはだれか。

東京軍事裁判で絞首刑された東条首相他の数名のことであろうが、世界の人たちはヒットラーのごとき独裁者と勘違いしているのでは。

東京軍事裁判は勝者側の裁判で,公平な裁判では勿論無い。

又戦争を起こしたのが偶々ボタンを押すことになった東条首相が犯罪者だとされたが、これはおかしい。戦争の素因を造ったのはむしろルーズベルトか近衛文麿ということになる。

素人の私でも判じがつきそうである。

勃発の直前に総理になり,敗勢になるとすぐ責任を取ってやめている東条がどうして独裁者といえるだろう。

ヒットラーと並ぶ権限を与えられていたともおもえない。

戦争犯罪者と決めつけるどんな行為をなしたというのだろう。

いまだに世界の世論は間違ったジャーナリズムに惑わされていると思わざるを得ない。

トルーマンの原爆投下の方がはるかに犯罪者に近い。

私に言わせれば、犯罪者どころか、国家のため責任を取って自殺した近衛と同じく甘んじて全責任を担った英雄的行為とすら感ずる。東条も一旦自殺しかけた,不首尾に終わらなかったら,裁判はどうなっただろうか。

戦争に反対だった天皇を犯罪者に仕立てて、日本国の永久の反乱につながったかもしれない。

戦争が終わって既に70年、勝者の論理に引きずられている人民たちよ。いい加減に真実を認識する努力をして欲しい。

特に東洋の国々は皆白人の植民地とされつつあったのではないか。

まさか、そのままの方がよかったというのか。

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2013年12月29日 (日)

1年ぶり,婿との出会い

予報の合わせて曇り空としたが、日中5割がたはいい天気で日射しも暖かかった、娘等が何時来るかと待ちくたびれて夕方六時過ぎ電話をいれると、笑いながら今うどんを食っている、心配しなくてもタクシーを拾って行くからとそっけない。

タクシーでも広島駅からなら30分は優にかかる。

待ってはおれんから飯を食って,一寝入りを決め込む。8時半未だ来ないのかと思って階下に降りてみると、何のことはないコタツを中にいっぱいやっている最中。

おば打ち枯らした老人は、もう仲間でもないらしい。

それでも負けては居ないぞと,iPhoneを取り出して,朝子の留学先欧州の写真集を、ひけらかす。

朝子が撮った千数百点の写真で、見せてやると、娘の朝子がこの親たちにも見せてない写真が数多く,驚き声とともに座がいっぺんに賑やかになる。

朝子も卒業試験や就活もあって、帰国してからの1年、済んでしまった旅の記念写真など回顧する暇など無かったに違いなかった。(私はこの夏朝子に要求して報告に来らせ、その時留学した1年間の写真ネガを全部パソコンに入力していた。留学中親には許可を受けていたことが今日分ったが、英独仏伊墺蘭白丁は勿論チェッコ、スイス、ルクセンブルグやモロッコにまで足を伸ばしていたのには私も驚いて写真を見直した)

ともあれ先ほどやっと風呂を終わり寝床に入ったところで、夢の世界にはまだまだ小半刻もかかるであろう。

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2013年12月30日 (月)

元日天皇杯サッカー出場決まる

寝床に入ったのが既に今日に入っていた。朝寝は仕方がない.ベルで起こされる。

朝食事が終わると,若い親子がばたばたと片付けから掃除まで手早くやってのける。老人は部屋の隅に逃げ歩くのみである。

昨日のサンフレッチェには熱烈なファン自称の私も心から恐れ入った。

両者とも固い守備を崩さず、際どい場面も無くはなかったが、とうとう予想通りPK合戦に持ち込んでしまった。

日本代表の西川だから,サンフレッチェに分があるなとみてたが、5人中3人で1-3と差を逆につけられてしまった。

4人目先攻の川崎のストライカーで勝負あったと思ったのが,思いも掛けず西川にはじかれてしまった。

つづいて広島側はするするとゴールを決めるのに,川崎は5人目、そして決勝の7人目も西川に止められ万事窮した。

やはり伊達に日本代表に選考されてると違うんだな。

彼一人の力で,元日の決勝に進んだが,相手は分の悪い横浜マリナーズ、シリーズで逆転優勝をさらわれた屈辱もあり、やはり順当に行けば横浜だろうか。

広島のゴールゲッター佐藤もがっちりマークされっぱなしである。

西川の頑張りは期待出来るが,悲しいかな彼は守り一筋である。PK合戦まで持ち込まないと神通力も発揮出来ない。

横浜の曲者MF中村がやはり一枚上か。

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2013年12月31日 (火)

私の最後の会食

とうとう今年の終末。

身体の不調なところはない。なんとかもてたな!

次女夫婦と晴子がいて賑やかだから、さびしさはまるでない。

ただ元日の明日、朝早くもう帰京すると云うから,一寸がっかりだが、所用があるのだから仕方がない。

逢うは別れの始まりと思わずつぶやきが口から飛び出す。

正午婿が車で迎えに来てくれる。料亭地御前に出向く。

もちろん予約済みである。

私ら夫婦の子等との最後の会合である。少なくとも今年の最後の会食だが,私の一生の最後となるかも知れない。

料理が珍奇でおいしかったなあ!

思いがけず食い過ぎた。

おかげで夜食は殆ど胃袋に届けられなかった。

子等は婿も含めて人生の盛りを迎えている。皆多忙で責任も重く、個人の自由時間はなきに等しい。

やっと大晦日の昼飯で会食することができた。

総勢7人ささやかでも幸福絶頂と云える会合だった。

もう思い残すことはなさそうだ。もしこれ以上を望んだらそれこそ神罰が下るだろう。

子等よありがとう。

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