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2013年11月27日 (水)

独立自動車第31大隊本部の仲間の思い出

昨日書いた加藤鏡児君の死は、繰り返し思い出して淋しさが募る。

遠方であったせいもあって、疎遠のまま数十年も過ぎた。

遠くて近い存在に山崎初三郎君がいた。元日になるとしばしば電話で元気な声を札幌の地から発信してくれた。

数少なかった加藤君の電話会談のなかで、そのことを聞かしてやってもさして感慨深げには応じなかった。

部隊本部にいた副官の久田君(初年兵同期)、兵器委員の山崎、そして主計の加藤という役回り(三役)だったから、私も兵器委員首座という役割を担っていたし、おりふし論戦の仲間入りをせざるを得なかった。

よく考えてものを言い、適切に協力を惜しまずやってくれた。特に私とはうまが合うと云う感じだった。

久田君は随分前に亡くなったが、山崎は一昨年までは元気だった。今回の加藤君の死は疎遠の期間は永かったが、軍籍を離れても頼りにしていた仲間の一人だった。

なにか忘れ難い。戦場と云う特殊環境の中で過ごした数年だったからには違いないのだが。

山崎君はお孫さんに引き継がれた縁でいまだに文通がつづいている。

加藤君の場合はどうだろうか。

彼が紹介した第4中隊の糧秣係の河田氏は何度か懇切な手紙をくれたし、特産のみかんを一箱送ってくれたりしたが、先年亡くなったと遺族からお便りを戴いた.香川県地域の名士らしく、勲章などのコピーを見せられたりした。横浜の三好氏も何度か鄭重な礼状を戴いたり、軍隊時代の私のことなど、私の知らぬ角度からの、回想話を綴ってくれたりした。これも先年この世に永別された。

私だけのこの思い出も、間もなく終わる。

今生はしょせん空しいものなのか。

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コメント

人は自分の意志で生まれてくる者はいない。
生かされている、そう思う。

投稿: しろまる姫 | 2013年11月27日 (水) 21時20分

はじめまして。
独立輜重兵第四聯隊第四中隊名簿にに河田氏の名は無いが?

投稿: dekame | 2014年6月 9日 (月) 21時33分

独立輜重兵第4聯隊と独立自動車第31大隊とは部隊が全然違います。ながなくて当然です。

投稿: | 2014年6月23日 (月) 19時35分

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