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2013年11月16日 (土)

戦後でも良き戦友たち

私の年表にも時にミスがある。

旅行の記念写真を根拠に年表に昔勤め先の会社の得意先感謝旅行の日付が入っていたのだが、どうも符合しないので日記帳で調べてみると、一月後の日付だった。私が引率者だったから載せていたのだが、記念写真がいくらも出て来るのに日付が違っていては話にならない。

こんなのは珍しいが、それにしても日記というものは参考になる。

1964年だからもうかれこれ50年前になる。琴平、栗林、屋島、鷲羽山など経巡ったのだが、社長代役で33名を連れ歩いた。今と違って難しい人が多かったなあ。挨拶のときなどヤジが入ったり、嫌な役目だった。

未だ瀬戸大橋の噂も無かった時代で連絡船が怖かったかな。

最近のことは知らないが、成長期のこととて、日記で見る限り毎日の取引先来客の多さには驚く。

接待時間も永く、深夜を越えて帰れなくなるなんて当たり前のようであった。

次の年名古屋、蒲郡接待なんてあって、別の業種の顧客接待をメーカー主催であったときは、社長が俺が行くというし、残念な思いをしたりした。

若くて元気だったあの頃だった。

メーカーを慫慂して.展示会をあちこちで開かせたりするなど、随分良く働いたと思うのだが、間もなく数年後に私は独立した。

しかし、自分だけではなかなかうまくは行かなかった。例のオイルショックは何より痛かった。

アベノミクスといえども、当時の痛みが思い出せる人たちは慎重にならざるを得ない程だ。

1997年遂に現役から降壇した。この世の引退も覚悟したのだったが。

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コメント

この世の引退とは?
命のノルマの放棄ですか?

投稿: しろまる姫 | 2013年11月17日 (日) 00時11分

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