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2013年10月 7日 (月)

幼年期の遊び

小学校上学年になって、山野を駆け巡ったことは間違いないのだが、単に運動の為にそうしたのではない。

当時少年たちの間に女郎蜘蛛をたたかわす、遊びが流行していて、夏になると庭先に飼って、盛んに喧嘩をさせて楽しんだものである。

その蜘蛛を探しに山野を駆け巡った。

歩くと10キロも先の岩国山に達したことも何度かある。

(岩国山は万葉集に出て来る”周防なる 岩国山を こえむ日は たむけよくせよ あらきその道”と歌われるくらいの山道だった)

もう夢中だった。

勝った方が相手をえば(糸)でぐるぐる巻きにし、身動き出来ぬ相手の血液を吸い取って殺してしまう少し残酷なものである。

一本の木の枝の上に両方をを載せ、指で尻を押してけしかけるのである。

素早く、しかも八本の手をいっぱいにひろげ、えばを尻から飛ばして相手をからめる、昔の宮本武蔵と鎖がまの名人との戦いに似た豪快なものである。

いつの間にか廃れてしまった。後年暇ができて、暫く飼ったことがあるが、少年のときの興味が無くそのうちいなくなったのでやめてしまった。

ウイキペディアで調べてみると、どうやら私が少年のころ飼ってたのはコガネグモというらしい。

大人もコガネグモを女郎蜘蛛と呼んでたから、こちらの方言ということだろう。

女郎蜘蛛とは手足の模様は似ているが、全体の色合いが違っている。コガネグモは横縞の白黒がはっきりし、身体は成長すると少し黄色がかった。

いかにも精悍な姿をしているから、喧嘩蜘蛛にふさわしいのは断然コガネグモの方である。

下級学年なら例の”パッチイ”だった。これも随分子供を夢中にさせた。しかしこちらは町場の子等の遊びであった。

悪いけど女の子の遊びは知らない。妹は居たが、男女の区別も厳しく、まだ興味のない頃であった。

Photo_2

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コメント

蜘蛛(生き物)を使った遊びは初耳です。闘牛や闘鶏を連想させますね。年齢を重ねる度に興味の対象が変化するのは成長の証しですね。

投稿: しろまる姫 | 2013年10月 7日 (月) 09時20分

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