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2013年10月13日 (日)

豊臣秀吉の大芝居

今日はお祭りの日で家内は起きるとすぐから気ぜわしそうである。いつも子供神輿がやって来ると、お花を寄付するのが年中行事化している。僅かなおはなでも郷土の喜びにあやかりたい気持ちなのであろうか。私は何もいったことはない。

先日私は豊臣秀吉の朝鮮征伐は狂気の仕業と書いたのだったが、今月の文芸春秋を見ると、”秀吉の朝鮮出兵は愚策ではない”と村井立正大学教授の論文が載っている。

それによるとかなり先を見据えた世界制覇の野望を蔵したものということである。

私ごとき浅学非才のものが意見を挟む余地はないが、大いに参考にはなる。

とすると彼に余命がもう何年かあったとすると、ある程度の成果が上がったかも知れなかった。

ただ慶長の役はかなりの苦戦を強いられたから、敗退の結果を招いたかも知れない。

徳川家康の収束は見事だったことに変わりはないだろう。

同じ文春の別項で”豊臣秀頼はやっぱり秀吉の子ではない”という服部九州大学教授の論文も載っている。

淀君の受胎時期が秀吉の名護屋在住時期で同居していないというのである。

不倫の所産ということであれば種が誰かということになる。

ともあれ秀吉とてまるで察しの付かないことではないだろう。

十数名もの側室を置いて、後継に恵まれないと云う事実は、彼を絶望させ狂気を発生してもおかしくはなかった。主君織田家に繋がる淀の子なら不足はないと覚悟したのではと思ったりする。

死の直前五大老を眼前に据え、秀頼の将来を懇願し誓書を書かした大げさな振る舞いは、芝居がかっているだけに、そうした疑問が強まる。

秀吉でもそうしたか、或は秀吉だからそうしたであろう、いずれにしろ理にかなう所行とは言えそうだ。

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コメント

論文という物には猜疑心がある。

投稿: しろまる姫 | 2013年10月13日 (日) 10時03分

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