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2013年10月 4日 (金)

写真を見ている様な大昔の思い出

なんでこんなことを思い出すのか、自分の気持ちがわからないが、小学校に入ったばかりだった。

日の丸の旗を手に手に、先生に引率せられて、人絹町と云う新しい町の角々を練り歩いていた。

どうしてだったか今憶えては居ない。大正天皇がなくなられて1週間経っていた。

丁度真北の方向にもうもうと黒煙が吹き上げた。

すわ火事だ!引率している先生が騒ぐから、子供たちは驚いていっせいにわめく。

浦が浜と云う部落が全焼した。昭和2年の元日だった。百軒を超える大火事だった。

もちろん其処の部落の子もいたから大変である。

いっせいにまちまちの方向に走った。

その夕刻には大きな声を出して泣きながら道を行く、同い年くらいの子の姿に同情の涙が頬を伝った。

明くる日誰かに連れられて見に行った。部落を深く巻いている入り江に繋がれている沢山の舟のうち、未だいくつも煙を上げていた。部落は完全に黒焦げになっていた。

何人も友達がいたがどうしたろう。

昭和の幕開けがこれだった。当時6歳だった。

その2、3年前我が家が新築されていた。入学前の思い出は新しい家の前で、焚火しながら談笑する親父と大工の棟梁の姿だけである。

麻里布小学校入学後は断片的ではあっても、思い出は沢山ある。

最初の1ページがこの旗行列と大火事であるのが、90年近く経った今も写真のように脳裏に残っているのが不思議でならない。

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コメント

悪い思い出の方が鮮明に記憶されてしまうように思います。人間は忘れる動物とはいうものの、トラウマもある。

投稿: しろまる姫 | 2013年10月 4日 (金) 13時21分

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