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2013年10月31日 (木)

野球の神様川上哲治の死

野球の神様川上哲治が死んだ。私と同年生まれだ。昭和9年夏中国地方代表の呉港中学が甲子園で決勝を争って勝った相手の熊本工業の確かピッテャーだったのが川上だった。強打者として著名になったのはプロ野球が出来て巨人に入ってからだった。

中学生時代に早くも熊工の川上投手として、私さえ知ってる名前だった。

プロ野球草創期に強打者として急に著名になった、打撃ベストテンの常連だった。

戦争で何年かの中断を挟んでも変わることは無かった。

戦争が終わり、プロ野球復活で先頭を切って巨人軍、就中川上の名は衰えることは無かった。

一時存続を危ぶまれたプロ野球を、国民のものとした彼の選手監督時代を通じて、彼の功績の偉大さを忘れる事はできない。

野球の神様の尊称も、当然受けてしかるべきだろう。

彼ほどの名選手にして老衰死という。私ごときにその時期の到来は正に近きにあり、安心を与えてくれてまことにあり難い。

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コメント

川上哲治さんが他界されました。野球には疎いので、気のきいたコメントができません。小学生の時に『川上監督』→耳にした程度で『巨人の星』のテレビ漫画は見なかったです。ただ幼心になんとなく野球の凄い人だと いう印象しかありませんでした。

投稿: しろまる姫 | 2013年10月31日 (木) 18時33分

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