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2013年9月 3日 (火)

袖も知り合わない微かなえにし

今朝午前3時ふと目覚める。

李香蘭の歌声に起こされたらしい。

昭和15年、16年頃のレコードの様である。

懐かしくて目がはっきりさめる。

昭和15年は3月新京の満洲鉱山に就職した年である。大同大街のニッケビルの3、4階に本社があった。会社は主として金銀銅を主製品に満洲各地の鉱山から採掘していた。20カ所ぐらいあったかな。

ビルの2階には満洲映画の本社があった。

撮影所は南嶺にあって、多くの俳優さんたちがバスで往来していた。

李香蘭さんにも時々お目にかかったことがある。小柄な美人ではあったが当時はそれほど目立つ感じは受けなかった。むしろ白光や李明たちの方が際立っていた。

ただ日本語が上手で、言葉がはっきりしているし、現地の日本人には特に人気があった。

翌年軍隊に入り、9月になって、関東軍の自動車7個聯隊の幹部候補生たち200名だけは、集められて内地に輸送され、東京世田谷の自動車学校に入れられ教育を受けることになった。

理由はもちろん我が輩たちの知る所では無い。

間もなく昭和16年12月8日になり、丁度富士山の裾野の軍の演習場で訓練中大東亜戦争勃発を知った。

この頃李香蘭が人気で、数寄屋橋の日劇での公演に7回り半観衆が劇場を取り巻いたと云う、噂が兵舎にも飛び込んで来たりした。

たまたま同じ区隊(小隊程度)にいた第1聯隊出身の某が、”彼女は俺と同じ撫順小学校の同級生だよ、正真正銘の日本人だよ間違いない”と言い張りみんなの失笑を買ったりした。

別に信じる必要も無いのでそのまま終戦を迎えたのだが、戦後やはり日本人だと分って驚いた。

よく聞いてみると、彼女は同級生どころか、私と生年月日は20日しか違わない、同い年の佐賀に本籍を持つ日本人と分った。

いい声をして、正確な日本語で私にもよく判る日本語で歌ってくれた。

現代の若者たちの歌より余程よく判った。

袖振り合うも他生の縁と云う。

新京でたまたますれ違い、東京で彼女の同級生と寝食を共にした、こんなかすかなえにしもあるのだよ、この世の中は。

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コメント

李香蘭は女優、元参議院議員の山口淑子(本名大鷹淑子)さんですね。残念ながらテレサ・テンの『夜來香』しか知らないです。1920年2月12日生でご存命なのですね。
それにしても午前3時に、何故歌声が聞こえてくるのか?(ラジオのつけっぱなし?)

投稿: | 2013年9月 3日 (火) 12時45分

もちろん、深夜放送です。
十数年付けっぱなしです。
只最近はよく眠って聞かないことがおおいですが。

投稿: sinoman | 2013年9月 5日 (木) 10時07分

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