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2013年7月16日 (火)

富士のわき水に似た友情

今日も暑くなりそうだ。

連休明けだが,もう夏休みに入った所もあるだろう。

働くものはそうは行かないだろう。暑さにめげず働いてほしい。

今の世の中は遊び優先だから、国力は落ちるばかりだ。

老大国はもう間違いない。三つの矢がうまく機能すればいいのだが、ここに来てブレーキの掛かることも多そうだ。

財界の一人勝ちではうまくは行かない,消費税は先送りを考えてもいいのでは。

ほっと一息ということは大事なことだよ。

暇に任せて古い日記をひもどいて見ている。

高商2年生の年末に書いた日記が最初になっている.昭和13年(1938)だから18歳ということになる。

この年の最大の印象に残る私の行事は何と言っても3月に決行した出雲大社自転車旅行と書き連ねている。

従ってこの時同行した友人神村君のことは次々と日記に登場する。

親愛の度がより深まったせいだろう。

道中はよく喧嘩した思い出が残っているのだが、喧嘩することは親愛のあかしかもしれない。

一緒に山登りしたり,夜の冷やかし、映画見物、はては日曜の昼に運動部の練習をさぼって,彼の下宿で昼寝したりしている。

彼の誘いにのって,昼の食事も途中から近くの賄屋から、彼の行ってる遠くの賄屋にくらがえしたりした。

中学の5年間より,高商の3年間の方がより濃密だったようだ。

就職、兵役は私達を遠ざけた。

しかしここに来て振り子の駒のごとく復元している。

神のいたずらだろうか。

古い日記からにじみでるわき水の様なえにし、今何よりも懐かしく心を打つ。

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コメント

神村君と『二人だけの同窓会』はあるのでしょうか?

投稿: | 2013年7月16日 (火) 15時48分

それはないね。
東京と広島では簡単には集まれないし、そもそも彼は毎年35回も続いた同窓会に1回しか出て来なかったし,同窓会嫌いだから。
それでも昨年は飛行機で私が会いに行った。
これが今生の最後でしょう。

なにせ百歳が近くなってはねえ。

投稿: sinoman | 2013年7月19日 (金) 09時10分

追伸

返事になってないね、二人だけの同窓会は,50歳頃まではそれこそ飽きるほどたくさんある。

同じ町に住んでいたから。

彼が東京へ転居してからは,もう一度数年前上京したついでに逢った。

国分寺駅前の百貨店で落合い、寿司食ったりお茶飲んだり,店内を歩き回ったり,3時間以上もそれこそ二人だけの同窓会をやった。

私はあの時これが最後だと思って別れる時涙を流した。

今度は娘が付いて来たので二人だけということにはならなかったし、彼の方も奥さんも、息子さん、娘さんみんな出て来てくれた。

投稿: sinoman | 2013年7月19日 (金) 09時24分

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