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2013年6月29日 (土)

私の道楽

足の痛みが軽くなった。機を失せずの手当が効いたのだろうか。

傷の付近を押さえても左程痛くない。歩いてもぎくっとくる痛みが乏しくなった。

もう2,3日の辛抱だな。

岩國空港の搭乗率が相変わらず70%前後と好調ならしい。8月には又格安料金を設定するとか。

料金が安くなれば当然利用しやすい、客が増えれば又安く出来る。相乗効果と云える。

又東京に行って来るかのう、というと、家内が未だ見る所があるのと答える。

さてどこを見るかの、探すのが一苦労になった。

私はパソコンを習い始めたのは1983年63歳のときである。爾来丁度満30年になる。

次女が勤め先のお払い箱になったパソコンを家に持ち帰って勉強しているのを見て,俺にもやらしてみろと娘に教えてもらいながらいじらしてもらった。

なにしろコンピューター言語というのをマスターしなければ始まらなかった。

確か音楽のカセットテープに保存するのだった。ソフトも本屋で詰め碁のそれを買って来て始めた。

小さい子供の遊び道具と一緒である。

そのうちワープロというのが出始めた。1985年娘が買ってくれと云うから、電器屋さんのダイイチでリコー・マイリポートとというのを買った。2月9日に注文して4月17日やっと手に入った。二〇数万円した。

表示窓には一行出るだけである。文章を書くには短過ぎて、全体像は頭の中で憶えておかなければならない。

相当な記憶力が必要だった。

5年経ち,ワープロブームになった。1990年天満屋デパートからカシオ・ワープロというのを買った。

これは本格的なもので、会社の会計は勿論私的な日記、各種目録など利用出来る物はなんでもやった。

1994年にはパソコン通信をするためNTTに交換機を取り付けらした。そしてすぐプロバイダーのNIFTYに入会し、インターネット利用を始めた。

電話線利用だから電話料がドンドンかさんだ。

ワープロは保存容量があまりにも少な過ぎた。フロッピー一枚せいぜい1.2Mbitである。

パソコンを買わざるを得なかった。

千代の婿のすすめでAPPLE LC575というのを35万円位出して,1994.10.8 秋葉原から通信販売で購入した。

私の道楽の始めはこうしたことだった。私ももう74歳になっていた。

学ぶのはもっぱら雑誌やパソコン通信だった。皆丁寧に教えてくれたなあ。

晩学を哀れむ友愛精神が豊富な仲間達だった。

然し金がかかったなあ!毎年100万円以上出費した。

家内の苦情が絶えなかった。

我が家の金食い虫だった。

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