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2013年6月21日 (金)

私のiPhoneの真価

雨の中を広島総合病院に行く。耳鼻科と皮膚科の診療が相次いである。

10時半には終わって、ガソリン給油までして帰宅する。

家内は電車でリウマチ診療所に出かけていない.お互いに忙しいことである。

診察の待ち時間にはiPhoneのi文庫から漱石の虞美人草を読み返している。うんと若い学生の頃か、読んだことのある懐かしい小説である。

人事の葛藤が面白く最期は悲劇で終わる漱石特有の皮肉を込めた人生哀歌だが、感想は今も昔も変わらない。

只人間生活様式の違いはもう歴然として、今頃の若者には理解出来ない物があるだろう。

私には未だよく判る。

だから退屈な時間が面白く、なんなく過ごせる。

病院の中ではネットには入れない。AirStashを持参したのだがそれでも駄目だ。読む物には不自由しないが、ネットに入れないのはやはり残念だ。

昨日も内科の看護婦さんが、そばに寄って来て私の読んでる物見せくれと云う。もう一人の年増の看護婦がこの人はブログを書いてるのよと、口を出す。それも見せてという、出してやった画面を熱心に読む。

丁度暇な時間帯だからよかったが、要らぬ邪魔をした。

彼等が忙しく私は退屈なときこそ好機なんだ。こっそりと誰にも邪魔されず、邪魔もせず、それこそこのiPhoneの真価だ。

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