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2013年5月21日 (火)

出雲大社参拝今昔

先日も縁結びの出雲大社に参拝する目的は何かとのメールをくれた方がいたが、新婚前今の家内を宮島に連れて参ったり、(祭神が婚約者の参拝を嫌うと云う伝説があるが)、特に古い習慣などにこだわる性質は私は本来持ち合わせていない。

強いて云えば先に書いたように、18歳の時雪に覆われた中国山脈を越えて自転車で参拝した道中の苦労を偲んでみたかったとでも云おうか。

勿論高速道路は無かったし,赤名トンネルもなかった。

正真正銘の中国山脈を上りはうねうねと車を押しながら,また下りは積雪の中ブレーキに気をつけながら、4時間かけてやっと人っ子ひとり逢うことの無い赤名峠を越え,頓原の里に辿り着いた。

こんな難行になるとは夢にも思っていなかった。

前日よれよれで行き当たりの宿に入ったときは玄関から部屋まで手をついて這って入った。風呂に入ってやっと人心地が付いた。

明くる朝足は未だ痛かった。すれ違う三次の町の小学生達からお早うございますと声を掛けられ,丁寧な少年には帽子を取ってお辞儀をされた。どこかの上級学校の学生さんとでも思ってくれたのだろうか。

しつけのよいこれらの子供達の挨拶がどれほど勇気づけてくれたことだろう。

自転車を漕ぐ力が弱気を打ち消し,峠の坂道へ突進させてくれたとしか思えない。

無謀だから止めた方が良いと,岩國を出発前、親父を始め周囲の人たちから止められたけど、血気の若さがそれを押し切った。

今更断念するわけに行かなかった。

今度の高速道路は路線も違うし,昔をしのぶよすがとて無いが、中国山脈を越えることに意義を求めたと云ったら良いだろうか。もっとも長大なトンネルで突破するのだから正確には越えたことにはならないかもしれない。

科学の進歩がいかに便利よく出雲への旅を実現させてくれるか、それを確かめにとでも理屈を付けるしかないだろう。

こうして今の所単なる夢を書いているのだが、もう先延ばしする時間はない。

後1ヶ月以内に決行あるのみである。

18歳のときは準備も何もなかった。お金を15円と当日の昼飯のおにぎりを持っただけの出発だった。服装は制服の学生服、学生帽に木綿のレインコートを引っ掛けただけだった。

元気だっただけだ。

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