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2013年5月22日 (水)

出雲大社参拝今昔(2)

パソコンを利用して、宿も予約出来たし、出雲大社参拝も6月4日から実現出来そうである。

若いときと違うから、日帰りで済ませて帰ると云う訳には行かない。

一応2泊3日の計画を組んでいる。

18歳の初参りのときは、予定は1週間だったが、結局3泊4日で終えた。

途中旅の現実が怖くなり,出雲今市から益田まで,列車を利用したからそのようになった。

なにしろ自転車では,ペタルが緩んだり,パンクをしたり,チェーンが外れたり、油が切れてきーきーと大きな音を出したり、何度自転車屋の助けを借りたことだろう。

舗装の無い小石のごろごろした砂利道を走るには、全く不適当な乗り物だった。

それに脚力も限界だった。何よりももう一度中国山脈を乗り越える精神力はなかった。

それに天候の問題もあった。二日目夕方から雨になり,行程を切り詰めて宍道というところで、宿を見つけて転がり込んだが,翌日ぬかるみの悪路には悩まされ続けた。

肝心なお参りもそこそこに切り上げることになってしまった。

列車で行くことを思い立ったときはもう暗くなっていた。

出雲今市から益田への汽車は最終列車しか残っていなかった。

真夜中益田駅の駅員さんが親切に宿を探してくれたりしたので、野宿は免れたが、疲労回復にはほど遠かった。

同じ中国山脈でも六日市から広瀬(現在の岩国市錦町)に越える道は,数年前から国鉄バスが開通していたので、車を押す距離も1時間位と少なく、まあまあの道のりであった。

郷里の岩國に付いたのはもう日暮れに近かった。まさに気力のがんばりだった。

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コメント

二日連続の、丁寧なご説明、ありがとうございました。18歳の時といえば大正時代の半ば位ですか?15円は現在に換算すれば数万円(?)ですか?
自転車で中国山脈越えは 18歳の若さでも厳しかったでしょうが、一生の良い思い出になりましたね。私は23歳の時、原付で姫路から倉敷(ブルーハイウェイ)まで行ったことがありますが、sinomanさんとは比較にもなりません。来月4日に早速、出発されるのですね。近畿地方では先日、6月7日頃に梅雨入りだと気象予報士が言ってました。中国地方のお天気が気になります。そして、今度はゆっくりと参拝して奥様と記念撮影してきてくださいね。お気をつけて、行ってらっしゃい!

投稿: しろまる姫 | 2013年5月22日 (水) 16時12分

コメントしてまよ―!

投稿: しろまる姫 | 2013年5月22日 (水) 20時03分

何度もコメントいただきありがとうございます。
天気は仰せの通り気になりますが、屋根のある自動車ですから自転車のようなことはありますまい。

先日高野まで試運転しましたが,勿論完全舗装の実に快適な道路でした。追い越し場所もありますし、別に急がねばならないことでもありませんので安全運転に徹するつもりです。

運転経歴は21歳の時自動車部隊で5年間実戦訓練を受け,戦後すぐ免許を貰いましたから、運転歴は70年になります。

違反はありますが無事故で通しています。
自分では歩くよりは安全と心得ていますので、老いぼけでも突如発生しない限り大丈夫だと思っています。

今後ともどうかよろしくご叱咤下さるようお願い申し上げます。

投稿: sinoman | 2013年5月23日 (木) 09時50分

『叱咤』だなんて、とんでもございません。

投稿: しろまる姫 | 2013年5月24日 (金) 06時27分

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