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2013年5月27日 (月)

老いるということ

産経webに曾野綾子さんが“老いるということ”というコラムを載せている。

私より随分若い人だと思っているが、老いることがよく判っていらっしゃるのだなと感心する。

全く同感である、いや改まって貴重なご意見を拝聴した気持ちである。

実際死に方となると皆目見当が立たない。誰しも運命に任せるしかないのではと思ったりする。

書けなくなるときが必ず来る,その時だと彼女はいう。

私もささやかながら、このブログが命の綱で書けなくなったら終わりだなと常々思いながら,キーボードをたたいている。

奇しくも思いが一致して愉快になった。

(その記事を無断転載する)

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コメント

この世に生まれたら必ず訪れる最期。自分の死期がわからないから生きていられる(or生かされている)のかな。
今、私は55歳で主婦です。実は、このブログを知ったきっかけは、自分の寿命を知りたくて検索して偶然、目についたのです。持病(リウマチ)の病歴が長いので、平均寿命が気になったからです。sinomanさんの奥様も同じ病気だったと思います。元医療従事者だったので『人の生』は実習先で2回『人の死』は何度も立ち会いました。心臓マッサージ、心腔内注射、人工呼吸器、胃僂などの延命治療はしてもらいたくないです。希望は『自然死』です。点滴は要らないけれど、苦痛だけはとってほしい。今後の課題として問題はいつ、子ども達に『エンディングノート』を書くかです。早目に取りかかった方がいいと思いつつ未だに実行していません。

投稿: しろまる姫 | 2013年5月27日 (月) 17時21分

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