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2013年4月30日 (火)

二度目の日露講和条約

朝遅く起きてみると、ぼそぼそと降っている。

昨夜遅くまでテレビで日露首脳会談を見たので少し眠い。いくらか興奮し過ぎたのかも知れない。

千島4島問題を片づけ平和条約締結を促進したいと云う趣旨である。

その気になっている安倍とプーチンでなければ解決しないと,夫々が自負しての結論のようである。

いずれも国民の圧倒的な人気を背景に。

しかし成果次第では、人気急降下の可能性もある。一か八か百年の計を計れるかどうか。

固唾をのんでいるのは私一人ではあるまい。

ポーツマス条約後の苦い思い出のある当事両国である。

当時の総理は安倍と同じ長州出身の桂太郎だった。損な役割を担わざるを得なかった。国家の命運を定める時はやはり長州出身者が必要なのか。

日露戦争も日本勝利の余韻に国民は酔っていた。いや新聞や七博士などの論調で酔わされていた。結果に満足しない民衆は焼き討ち投石など暴動にまで進展した。

後年ロシアには私の同年輩たちのシベリア抑留の苦い経験もある。危うく部隊転戦の命令で中支戦線に移動したから、シベリア送りは免れたが、運命の別れが無ければ私自身もどうなっていたか分らない。

ロシアはとかく策の多い国である。相手の弱点を冷酷について来る政治性が得意と云える。

日本は過分の期待は勿論無理である。

先祖が流したと同じ血と涙にあまんじ、隠忍自重をあえて望んでいるのは私一人ではあるまい。

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