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2013年1月29日 (火)

十二灯のこと

気温-2度、思いがけず冷たい。予報も少し甘かったようだ。

耳の内耳が少し変調のようだ。完璧に治ることはやはり難しいことか。

しかしこの程度の不自由さは何ほどのことも無い。

 

午前9時近くなると、日がドンドン部屋に差し込んでくれて有り難い。

ただお昼前後になると、日射しが画面を照らしたりするので困りものだが。その時は小休止ということになる。

山崎さんの「ふるさとの歴史」を読むと、「十二灯」の話が何度も繰り返される。

それだけ印象深かったと云うことだろうが、私にとっても同じである。

10歳くらいから12歳までだったろうが、人並みに部落を軒並み廻って、小母さん、小父さん達にからかわれながら、寄付を集めて歩く。夏休みに入ると先ず取り掛からねばならない、だいじな年中行事である。

全部で5、60軒もあったであろうか。もちろん当時だから5銭、10銭の硬貨ばかりであったろう。

毎年使い切るものだから、筆、墨、絵の具、半紙のたぐい、十二灯(灯籠)も痛んでいるものは修理してもらわねばならない。お金は少しは残して新しく灯籠を作ってもらう。

自然に新陳代謝が行われる仕組みになっていた。

権現様のお堂にこもって、半紙に絵描きの作業にいそしむ。題材は当時の雑誌などの挿絵が主題である。出来上がると灯籠の古い紙を剥がして張り替える。夏休みの午前中の涼しいうちでないとつとまらない。

子供連中の義務だから、楽ではないが、今となっては楽しかった思い出ばかりが残っている。

思い返して見ると、少年ばかりで女の子はいなかった。

昭和4、5年頃だから、男ばかりの社会だった。

この時期を過ぎると、兵役が待っていた。

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