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2012年12月 7日 (金)

ATMにもあざむかれたか

昨日神村君に電話して、前回逢ったデパートで又逢う事にする。

彼も一応元気で歩き回る事ができるという。

NHKのやっている火野何とか言う男が自転車で、廿日市付近を走り回っていたが,知らないかという。

残念だが最近私はほとんどテレビを見ないので気づかなかった。

こんど手紙を出すとかいってたが、手紙で指図出来るらしい。

ともあれ彼も郷里を思い出したかとうれしい。

娘に電話すると逢うのは17日にしてくれという。18日は圭さんとアップルストアで逢う事に予定しているのだそうだ。

これで東京滞在は塞がる事になる。

今年は親友達が次々と死んで行った。今田,田淵、川上、若重と激戦の中を生き抜いたもの達ばかりである。

弾丸は当たらなかったが死神のスケジュールには逆らえなかった。

私も戦場のあの日のことは忘れる事は出来ない。払暁私の率いる自動車隊は、山上の道無き道を無灯火で走り抜けて、ようやく白々と地上が明らかになったころ、ぼつぼつ車をどこかに待避させなければとキョロキョロ見回していた瞬間,早くも後方に敵機の姿をちらっと見た。運転手を叩いて停止を合図し,転がるように車を飛び降りた。

小さな草の生い茂る田圃だった。伏せた瞬間ドドドーッと機銃掃射音。ピュン、ヒューンと耳元をかすめて頭上2,30cm先の土をパッパとはじき飛ばした。覗き込む操縦手の姿がはっきり見えた。機体には竜の口を開けた真っ赤な絵。

旋回してもう一度引き返して撃って来たが今度は溝の中に転げ込んで射角を避けた。

敵機は何機だったか超低空で来たのでわからない。道路の先の方で爆弾の破裂音がしきりにし始めた。弾薬を積載した車がやられたらしい。危なくて勿論近寄れない。

木の陰に入って、息を凝らして次を待ったが、3度目はなかった。

人間の生死は全く紙一重である。

八代目勘三郎が死んだ。私はほとんど知る所はないが、えらい名優だったらしい。57歳だとは残念だ。

死神はほんとに惨い事をしたりする。

変わりにこの役立たずの老人をと指はじきできないのかなあ。

今朝は広島総合病院に行く。いつもの乾癬治療の為である。

塗り薬が効いて,皮膚が綺麗になったという。

チガソンは止めることにした。医師の診断だから仕方がない。

昨日ATMで引き出した金が一万円不足していたので、余っていないかと聞きに銀行にゆく。

絶対にATMは間違いありませんから、そちらの勘違いか,蔵い忘れではないかと相手にはしてもらえない。

通帳にはちゃんと1万円多く引き出したようになっている。

どこへ雲隠れしたのだろう、老人のぼけと片づける以外に無さそうだ。

やはり俺も尋常ではなくなってきているのだろうか。

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