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2012年11月19日 (月)

成長はなくとも垂範の責務

成長の反対はなんというのだろう。
最近つくづく老衰による能力低下をあらゆる場面で感ずる。
通常の体力はもとより思考力まで低下した。只感情のもろさはひどくなったようだ、一寸した刺激でもすぐ涙が出てしまう。
私の幼時を振り返ってみると,私の身辺には両親の親達が夫々健在で、私に対する関心も深く、別世帯ではあったが,他の子供達と愛情の差別を感ずる事は無かった。むしろ一番深かったかも知れない。
皆80歳代まで生きたから当時としては長寿であった。
父は59歳で病死したが、これは当時大旱魃で公私ともに重なる過労による不慮の死と云える。
母は89歳まで生きた。
しかし私はなんとした事だろう。まもなく93歳にならんとしている。
変な言い方かも知れないが、90歳を過ぎて如何に成り行くのか,自ら改めて子孫の為に範を垂れる事になったことを感ずる現在である。

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