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2012年9月23日 (日)

私の原始的通信手段

昨日秋分の日とあって,もう秋たけなわの感じはいなめなくなったが、今朝はなんだかばたばた忙しい。変わり目の衣類交換など家内が小忙しく動きまわっているからだろう。

私も昨夜からふとんを厚いのにやりかえた。もう汗をかく事も無い。

オスプレイの騒音を新聞社が近所に出かけて計測したらしい、自動車の騒音と変わりないとある、小さく載せている。ぎゃあぎゃあ騒ぐほどの事はないのだ。

飛行機も大きくなり,早くなる。ヘリコプターも速くなる。どこが悪いんだ。落ちたり故障したりするのはどちらも同じだ。

市長も県知事も、怖いからか反論のジェスチャからか、オスプレイに乗らないという。
乗って落ちてみればいいんだ、論より証拠だとそのとき大きな声を出すのだ。
国民は付いて行かないよ。

対抗手段のない尖閣、反日デモ問題は手をこまねいている。知恵をしぼって政府を激励してはどうか。
天下の知恵袋たる筈の新聞テレビがこれではどうにもならない。

この俺もちょっとどうにかしてるなあ、落ちて死んだら声を出すわけには行かない。

午後デオデオに頼んでいたチャイムの押しボタンを貰いに行きさっそく取付けに掛かる。
なかなか分解出来ないで弱る。説明書きが何にも無いんだなあ。もっとも普通は店員さんが付けるんだろうから必要ないのかも知れない。
1時間位考えてやっと確信のもと分解する。
後はすらすら無事完了。
家内から私へ電信はこれで通ずるわけ。音が鳴りさえすれば後は以心伝心問題は無い。

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