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2012年8月19日 (日)

国難

蒸し暑さは変らない。
涼しくて気持ちがよいのは早朝だけのようである。8時を過ぎるともういけない。

私の幼かった頃,排日侮日という言葉が流行った。何の事かよく判らなかったが、日を追うに従って騒がしくなって来たのでおぼろげながら意味を理解し始めた事を覚えている。国難ともいわれた。

手許の日本史年表を繰ってみると、明治維新の明治元年が1868年である。敗戦の年が1945年だった。
黒船が浦賀沖に現れたのは1853年、今竹島や尖閣島に外国が侵入しはじめた。終戦から67年目である。
ぼつぼつ日本革新ののろしが挙げられそうな気配になってきたのを感ずるのは私一人か。
歴史は古今東西不思議と繰り返すものである。

高校野球はベストエイトが出そろったが、決勝に進むのはどこか。皆目予想が立たない。
ともかく接戦が続き,思いがけない弾みが勝負を決めそうだ。

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