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2012年8月30日 (木)

叫んでも技術の進化は止まらない

森本国防大臣が沖縄に出向いてオスプレイの説明説得をしているそうな。ご苦労な事である。
10回や20回落ちたからといって、鳥でも猿でも落ちる空だから落ちて当たり前ではないのか。
なら落ちる様なものは止めてしまえとは行かないではないのか。世界中の馬鹿どもが戦争に使って勝利をものにし、世界中が利用し恩恵をこうむっている、今日文句を言うものは一人も居ない。

オスプレイはいつかもこのブログで書いたように,進歩したヘリコプターに過ぎない。
ヘリコプターとなると何時が発祥の時期なのか誰も知らないくらい古いと云われている。
地面からすっと飛び上がるのだからえらいものである。
そして毎日のように私の頭上を飛び交っている。

昔私がまだ小学校に上がっていないころ、おばあさんの家に連れられて行った。
その頃未だ見た事も無い飛行機が近くの藤生の海岸に降りたから見に行こうと,おばあさんが弁当をこしらえて私らを連れ出した。
大きなフロートの付いた水上飛行機だった。翼は確か上下二枚で勿論プロペラ機であった。
噂を聞きつけて近郷から押すなの見物人である。いくら待っても海辺から飛び立たない,待ちくたびれてそのまま手を引かれて、とぼとぼ家に帰った。
この飛行機は日本では1917年に始めて完成し,初飛行は私の3歳のとき1923年と歴史の本に書いてある。
この日は私の5歳か6歳の頃だと思われる。今はもう、その記録がどこにあるかしらない。

子供心に空を飛ぶなんてすごいなあと感嘆した。
飛び上がるのも凄いが,海の上を滑走して飛び上がるとは、これまた凄いと思わないものはいなかった。
しかしこの便利なものも戦争には役に立たなくて発達が遅れた。
戦争で性能が格段に進歩した陸上滑走の現在の飛行機の後塵を拝し続けている。
海は自由で広い、何とかならないかと思うが,フロートがお荷物だし、波という現象が邪魔をする。

平和の時代に欲しいのはヘリコプターであり水上飛行機である。
なんとか技術向上を図り、ヤメロヤメロばかり云わないで、大いに前向きに取り組むわけに行かないのか。

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