« 乗り物の旅にも隔世の感 | トップページ | 爆音が懐かしい »

2012年6月29日 (金)

オスプレイを見てみたい

後一日で今年も半分が終わらんとしていますと深夜便のナレーターが叫んでいる。
うとうととしている間にもう午前6時を大分過ぎている。
時の流れは鉄砲水のように圧倒的である。

曾孫まで居る私にも父が居たことがある。亡くなってからもう72年にもなるのだから恐ろしい。
親父が晩婚だったからそうなったのだが、今時三十、四十で結婚するのは珍しくないから、私の様な間尺に合わない年齢差のものが多くなるかもしれない。
ふと思い出すと,つい先だってと思っていても半世紀前だったりする。

竹馬の友だった近所の幼な馴染みを十歳にならぬ前バタバタと二人失った。
衝撃の我が人生のスタートだった。
間もなく徴兵年齢に達し6年間も青春をまるまる戦場で浪費した。気息奄々の戦病者の群れも、悶死している死骸の山も見せられた。

辛うじて血を吐きながら帰還しても、世の中がまるきり変わり、家も勤め先もなくなり、我が行く道を探して右往左往している間に過ぎ去って後はもう一瀉千里だった。詳細は思い出し様も無い。

古きことほどよく憶えている現在の心境は、90年の生涯が長かったか短かったか,早かったか遅かったか判断が出来にくいほどである。

平和などとお題目みたいに呟いている世の中だが、平和だから幸福というわけでもない。
それに世界はお世辞にも平和だとは言えない。銃火飛び交い,連日どこかで戦死者を出している。

オスプレイなどという想像したこともないような新鋭飛行機が,我が古里岩國に近くやって来るらしい。
小学生の頃藤生の浜辺に水上飛行機が降り立ったと聞き,元気な祖母が音頭を取って、弁当をこしらえ家族総ぐるみで1里の道を歩いて見物に出かけたことがあったけど、あれから八十年も経った訳か。

私も今年の暮れ飛行機で岩國から上京する予定にしているが、同じ飛行場だから窓からあの特異な姿を眺めることが出来るかも知れない。
楽しみである。
大連の飛行場で多数の戦闘機の配列を横目に飛び立ったことが数年前あったが、戦争で痛めつけられた私には,飛行機は生涯忘れ去ることは出来ない関心事なのである。

|

« 乗り物の旅にも隔世の感 | トップページ | 爆音が懐かしい »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/157907/55076538

この記事へのトラックバック一覧です: オスプレイを見てみたい:

« 乗り物の旅にも隔世の感 | トップページ | 爆音が懐かしい »