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2012年6月26日 (火)

又又広島草津のお地蔵さん

相変わらずの気温20度前後で始まる毎日が続いている。
老人にはまことに都合の良い気候である。時々降って来る雨も出歩くことの少ない私には何の文句も無い。
かんかん照りがつづく真夏を考えると今が最高の過ごしよいシーズンだろう。

先月も訪ねた草津のお地蔵さんの件だが、私の子供の時の記憶とはあまりにもかけ離れた場所だけにどうしてもしっくりしない。
未だに訪ねる気持ちが続いているのだが、あの時そもそもどうして宮島電車で草津駅まで行ったのだろうと疑問もあった。
調べてみると宮島線が開通したのは1924年と記録されている。私が生まれたのは1920年、この時は未だ出来ていない。しかし行ったのは小学校1年生だから,1926年になるわけだ。恐らく母は誰からか電車開通を聞き知ったに違いない。
なにしろアメリカ帰りのハイカラマダムだったから、当時新聞やラジオはとっていなかったが、聞き耳は早かった筈だ。
その好奇心もあってお参りしたのかも知れない。

記憶ではこの草津以外に考えられないのだが、海岸からすぐ山地が続く地形だから、山道を歩いた記憶は間違いない筈だ。
80年であんなに賑やかな街路に変貌したのだろうか。
しかも電車駅から500米以内と近過ぎる。
子供の足でも1キロ以上は歩いた記憶がある。

ウイキペディアで調べても群馬の草津に遮られて,広島の草津などいくら探しても出て来ない。
知れる古老も少ないだろうし,今となっては手遅れというほかは無いのか。

最近の新聞で目についたことだが,揚子江のイルカが絶滅したとあった。70年前簡単に目の前を群れをなして泳いでいたあの巨体がである。
時の移ろいは何が起こっても仕方の無いことか。

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