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2012年5月19日 (土)

私は転々と職を変えた、それが良かった!

毎朝同じように気温15度がつづく。老人には最適の気温と云えるかも知れない。
恵まれ過ぎた思いに包まれている。
昨日の音戸行きも何でもないほど身体に別状は無い。

今朝の食事の夫婦の語らいの中に出て来た舅が95歳で亡くなったが、私もそれに追いつけるかも知れない今の雲行きである。舅は92歳ではもう寝て切りだったから。

昨日テレビでやってたが、どこやらの職場で同じ仕事をしていた20台から40台の社員5名が肝臓管がんで亡くなったというのがあった。こんな若さで同じ癌に冒されるなど明らかに職場の何かが原因であるとおもわれる。

私は戦争のお陰で兵隊の6年間を入れて、満洲で普通のサラリーマン、戦後、外務省嘱託、農協職員、デパート経営又普通の会社員、そして今度は自営のクリーニング業、傍らクーリングタワー洗浄剤販売と洗浄業、鍵複製業などなど、業種まことに多岐、友人達もあきれていたほどであった。
おかげで身体に支障を来すことはなかった。
ただクリーニング業は汚れ物を化学洗浄剤で洗うのだから、家内が病気に倒れるということが起きた。
原因が那辺にあったかわからないが、長く続ける仕事では無いと判断して、3年くらいで打ち切った。

偶然にも、のめり込んだ仕事は何一つなかったから、癌が育つ環境に居合わせなかったことになった。
私の叔父が50歳半ばでがんで死んでいるから、癌の因子を私自身は持ち合わせてはいる筈である。
未だ余命がありそうだから、癌に掛かって最後はお陀仏なのかも知れないが、ともかくも百歳近くまで生きた。
世間の荒波に翻弄された割には、こうした幸運も待ち構えているということである。

午前中デオデオに行く。招待案内が来ていたから、その中で必要なものを買い求める為にであった。
案内状に釣られて押すな押すなの盛況である。
決めていたものを店員に聞いて探したが、もう売り切れてほとんどない。
仕方なく似た様なものを探して3点ばかり買う。
勘定場も行列でいっぱい、やっと抜け出すとやれやれと帰路につく。
売り出しなんて効果があるもんだなあと改めて感心する。
目玉商品なんて餌だから、あっという間にさらわれてしまう、判っちゃ居るけどひっかかるんだなあ。
開店間もなくはいったつもりだったが、老耄の足ではとても若者に太刀打ちは出来なかった。

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