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2012年5月20日 (日)

永い人生にはこんな幸運もある

天候は暖かいが雲が多く良いとは云えない。明日の金環日食も心配だ。百年に一度というのだから見てみたいがどうなんだろう。
目をやられる恐れがあるとテレビで盛んに云ってるから、見ない方がいいのかもしれないが。

明日は家内の目の手術の準備があるし、千代がやって来ると云うし、何となく私も忙しそうだ。
日食は朝8時半頃らしいから、時間の案配はつくだろうが。
そうだ明日は銀行にも行かなければならない。
老人はもう機敏には頭も身体も動かない。それだけに前々から準備が必要という訳。

思いついたらぱっぱとやるというのは、若い時の話である。

買ったモータース屋から車検の案内が来る。もう10年を越えている。
何度目の車検だろう。近所の私と同い年の藤井さんは免許証を返上すると云って居られるらしい。
私はまだその気にはならない。
もう一度別府に行って温泉に浸かってみたいと思っているほどだ。

これまで生きて来たのだから、そちらの心配はいらぬことだが、ふと軍隊時代週番巡察をさせられた日に、巡察途中で腹がにがり初めて動けなくなったことを思いだした。
交代をお願いして休んだのだが、専属の軍医の診断では胃けいれんということで、モルヒネかなんかの注射をして貰って官舎で寝ていた。

翌々日中隊の演習で出ていたと云って第2中隊付きの桃木軍医がやってきて、もう治ったよという私に、いいから俺に腹を見せろという。
診て貰うと指で腹をあちこち探っていたが突然痛みが走った。途端にあっこれは盲腸だ、すぐ入院だという。
陸軍病院に運び込まれて翌日手術、すでに手遅れで盲腸が破れ腹膜炎を併発していた。
2ヶ月間の入院治療となった。

今は簡単な治療で済むようになったが、当時はまだ遅れると悪化して死ぬるものも多かった。
私の学生当時同級で親しかった浅井君も音楽会で独唱した翌々日盲腸炎で亡くなった。

桃木軍医はよその中隊の軍医でそれほど親しくもなかった。任務の大きな東斐徳地区5ヶ部隊の週番勤務途中降板を誰からか聞いて、わざわざ心配して来てくれたのだろう。
結果的には彼のお節介で私は命を永らえた。
命を拾うというのはこういうことを云うのだろう。

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コメント

いつも楽しく、ときに大変興味深く読ませていただいています。ところで「日食は朝8時半頃らしいから」とありますが、実際には金環食が始まるのは7時半頃、食の開始自体はもっと早く6時半前からだったと思います。多分すでにお気づきのことととは存じますが、念のため。私の住んでいる東京の明日の予報は曇り。運を天にまかせるとはまさにこのことですね。

投稿: | 2012年5月20日 (日) 21時03分

東京スカイツリータウン開業
833145

投稿: 東京スカイツリータウン開業_330163 | 2012年5月22日 (火) 11時52分

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