« 私の頭痛 | トップページ | 長井雅樂の毀誉褒貶 »

2012年5月13日 (日)

保育児童の運動をテレビで見て

今朝のテレビをふと見やると、保育児童に体操がいいといって寝転がってなにやらぶっつかりあわせている。
そういえば、今の時代は車社会で、一歩外へ出れば危険が一杯だし、部屋の中ばかりで子供を育てれば運動量は知れたものになる。当然のなりゆきなんだ。
せめてもの手段だろう。

昔は子供が多かったし、親は忙しいし、どの子も野放しであった。
私の毎日は学校以外は近くの小川や山野が遊び場であった。
近郷近在を駆け回った。いつもゆく平家山やえんげしは百米そこそこの平山である。絶好の眺望の良い遊技場であった。危険も何も無かった。
今の子供にくらべてどれほどか恵まれた環境に育ったと云えよう。
この長寿の根源もそれなくしては語れない。

保育園の広間でのごろ寝が果たして長寿の役に立つのだろうか、背筋が薄ら寒くなる様な世相を感じたのは私一人だけではあるまい。
将来人類過剰の末のせめぎ合いは避けられない。
戦争手段に訴えるほどのこともなく、自然淘汰されるのは、こうしたひ弱い育て方をされる民族ではなかろうか、心配である。

政府は今児童教育に大きな金を使わんとしている。
単純に金を配るのでなく、空き家の増えた山村に連れて行って、自然の中でのびのびと生活し、勉強させたらどうだろう。道路も交通手段もものすごく便利になっている。
やらせる気さえあれば簡単に出来る筈である。筋肉だけ鍛えたのでは完全な人間にはなれない。
心身ともに健康にならなければだめなことは判り切った論理ではないのか。

|

« 私の頭痛 | トップページ | 長井雅樂の毀誉褒貶 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/157907/54698552

この記事へのトラックバック一覧です: 保育児童の運動をテレビで見て:

« 私の頭痛 | トップページ | 長井雅樂の毀誉褒貶 »