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2012年5月 5日 (土)

大正15年の草津地蔵さん

朝5時に起きてパソコンをいじる。
昨夜寝る前に呑んだ下剤が効き始めるのではないかと、気になったらしい。
しかし起き出してみると、一向に腹がにがり始めるとか予兆はまるでない。

一昨日訪ねた地蔵さんのことが又気になり出す。
母はどうして汽車、電車を乗り継いでわざわざこの草津の地蔵さんに連れて参ったのであろうか。
私の故家の1キロぐらい離れたところに桜地蔵という今は著名なお地蔵さんがある。
お祭りには引きも切らずに参拝客がある。

草津にお参りしたのは確か小学校1年生の時である。年号で云えば大正15年だろう。
この年私は頭痛に悩まされて、しばしば学校を休み、2学期にはとうとう休学してしまったとのことだった。
この休学期間に母は誰かに霊験新たかなとでも聞いて、わざわざ草津まで連れて参ったのだろう。その霊験からか頭痛が治まったのかもしれない。3学期には復学しているから。

近所の桜地蔵さんには、時に願でも掛けるのか連続して朝早く参ったりしていたものだが、こちらを差し置いてまで草津に連れて参ったことが一寸腑に落ちない。
もっとも桜地蔵は当時は未だ路傍に転がっていらっしゃったかもしれない。私自身戦後になってあれっとその存在に気づいたくらいだから。中学時代は毎日歩いてすぐ側を通学のため通った筈だが、お参りした記憶など全然ない。今は立派な社屋に参道まで付いて、少し位置が変っては居るが。

ともあれ母が生きていたとき聞いておけばなんでもないことだが、聞かなかったばかりに気がかりになってしまった。

終点宮島口で汽車から電車に乗り換えて、草津で降りたことは確かに子供でも憶えていた。山道をぞろぞろと沢山の参拝客に混じってお参りした。そんなに遠くはなかった。しかしお宮の姿はまるで覚えが無い。人家はそんなにはなかったとおもうから、現在のたたずまいとはまるで違っている。
電車駅もどんなだったか、電車がどんなだったか憶えていない。
もう夢を見ていると変わりはない。

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