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2012年4月 3日 (火)

麻里布の浦今昔

春の嵐はこのことを言うのか、猛烈な雨と風、窓ガラスを叩く。
風速30メートルのところも近くにあったとか。
午後にはどこかへ去って、曇り空のまま静かになる。
家内も私もちゃんと寝床にはいったまま過ごすことになる。

転んで死んだ老婆までいるのだから、寝てるのが一番。

今日はこの時ならぬ嵐で最悪の一日になった。
が、少年の頃はこの日は一年中で一番楽しい日であった。
神武天皇祭といって、祝日になっていた。当然学校は休みである。
朝早くから準備して、筵や弁当を持って裏のエンゲシという丁度百米の山に登った。
大人から子供まで家を留守にして総出ででかけた。

山頂部が禿げ山で走り回るにはもってこいだった。大人は踊りやゲームに興じ、子供は陣取りなどして山中を走り回った。腹が減ったら弁当を食うという趣向である。
開花時期と重なり、みんなうきうきしていた。花より団子で一日へとへとになるまで遊んだものだった。

今顧みて、此の眺望の良い景色を顧みることもなく、遊びに夢中だったことが一寸ばかり悔やまれる。
此の浦は麻里布の浦と言われる万葉集にも数点の著名な古歌を残している景観の地である。
現在では下からでは埋め立てられ建物などが建て込んでいて、とてもそのよすがはみられないが、此のエンゲシから沖を望めばまだまだ捨てたものでは無い。

昔はこの日の行事を山上がりと言った。何故だか知らない。山登りなら1歩1歩えっさえっさと歩いて登るイメージだが、上がるとなると飛び上がるか、ふわーっと浮き上がるか、正に忍術のイメージである。
錦帯橋空港が出来たら、古い真帆片帆の麻里布の浦に変って、新しい近代的な麻里布の浦が喧伝されることになるかも知れない。

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