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2012年4月27日 (金)

法律というザル

小沢無罪判決、政治は益々不可解。もっとも法律などというものは、自分等で作るものだから、角栄が云ったと伝えられるように、法の境目を軽業師のように渡り歩くことは、掌中の珠の如きものらしい。
ちゃんと逃げ道が用意されている節がなきにしもあらずといったところか。
秘書は秘書、本人は本人、正に同体ではない。そして二人の間に証文のありようはずがない。
事実はやはり神のみぞ知り、人智の及ぶ所にあらず。

私も法律を犯した経験は無数にある、罰を受けなかったのは、捕まらなかっただけの話である。
戦場で人を殺した、罪にならなくても良心は痛み、悔いはいつまでも残っている。
法というものの浅はかさを嘆きたい。

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