« 法律というザル | トップページ | 老人の感覚 »

2012年4月28日 (土)

親友神村義夫君

昨夜の下剤が効いて今朝は軟便が少々。薬が無ければ駄目だとは情けない。

東京に居る神村義夫君に電話する。
今田君の死を告げると感慨深げである。途端に幼少時の思い出話が口をついて出始める。
待ちきれなかった彼の最後の饒舌だろう。
あいづちを打ついとまもない。

その口調からすると、元気そうである。が、よちよち歩きしか出来ないので、家からは殆ど出ないという。
彼のはマンションだから人目がうるさいのだろうな。

もっとも私も人目は少なくても、歩いて出ることはほとんどない。
出る時はどんなに近くても車である。
近所の人からは居るのか居ないのかわからない私の存在だが、私も近所のことを知ることは無い。


先日の三井化学の爆発は思った以上にひどかったのだなあ。周辺2.5km範囲が爆風で窓ガラス、屋根瓦などに被害が続出したという。新聞で見ると私が出入りした場所付近らしい。一期一会みたいな縁の不思議さを感ずる。

国破れて山河ありというが、海軍の基地だった岩國も再三の空爆で焦土と化した地区が多かった。裏山から望む我が家があった周辺は穴だらけで、さながら湖沼地帯のようであった。
そして2、30年経つと都市化が急に進んだ。今度はまるで違った町場に変った。
山容も樹木が生い茂り、往年の禿げ山はなくなり、懐かしい峰々ももう区別がつかなくなった。

年々再々変わり身の早さは、人も自然も同じである。
驚き、慌てる、我が思いのおろかさ。

|

« 法律というザル | トップページ | 老人の感覚 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/157907/54579195

この記事へのトラックバック一覧です: 親友神村義夫君:

« 法律というザル | トップページ | 老人の感覚 »