« 末の妹との再会 | トップページ | うつけ(吉川広家)の采配と私の理解 »

2012年4月17日 (火)

歴史の不思議さ

同じ様な朝が続く。雲が深くいい天気になるとは思われない。
岩國ゆきの疲れがひどい。もう人との付き合いにもつかれるらしい。
今朝からまたぐっすり眠れてしまう。最近はやることと云ったら日記を付けブログを書くだけだが、それすらも意欲がわかなくなってしまった。
自分では今すぐ息が止まる気配は感じないが、もう灯火が消えるのは間もないだろう。
自然の力をうすうす感じている。

昼頃今田勇君の奥さんから手紙をいただく。予感通り今田君の訃報だった。2月10日前立腺がんが原因とある。
食物を受け付けなくなったとある。山崎君の最後と同じである。
やはり食えなくなったらおしまいか。よく憶えておこう。

今田さんの奥さんにはすぐ悔やみ状を書く。私が二度に亘って彼に送ったブログ集を、今でも読んでいるとのこと、記載してある。
同窓会にはいつも山口から駆けつけてくれて、快活な声を響かせていたのに、やはり見掛だけではわからない。
岩國小学校時代野球部のバッテリーを組んでいたといって、生前いつも案じて話題に載せていた神村義夫君にも一応知らせてやろう。

今田君が書き残したニューギニア戦記を一昨年殆ど一年に亘り、私のブログに掲載させていただき、いまだに多くの反響をもらっていることも忘れる事ができない。

今読了したばかりの「うつけの采配」という吉川広家にまつわる小説、苦しみ抜いた末の決断だったことがよく分かる。やはり並の武将ではなかったと感ずる。
歴史というものは不思議なものである。関ヶ原の一戦は結局徳川3百年の治世を作り上げた。
吉川広家の決断、予期通りには運ばなかったが、3百年後には予期せぬ幕府倒壊の原因に繋がったことも事実といわねばなるまい。

今田君等のニューギニア戦記がいつ史上に浮かび上がるか、もちろん予想出来ないと私は今思い至るのである。

|

« 末の妹との再会 | トップページ | うつけ(吉川広家)の采配と私の理解 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/157907/54494876

この記事へのトラックバック一覧です: 歴史の不思議さ:

« 末の妹との再会 | トップページ | うつけ(吉川広家)の采配と私の理解 »