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2012年3月17日 (土)

何時かは必ず死ぬるのだが

春雨に煙る朝、気温は7度。こんな日が多くなる。風邪は治りそうにない。鼻水がやたら多い、熱がないから良いが。
昨夜は風呂を禁じられていたが、熱くして入る。冷えぬ間に就寝したので差し障りないだろう。
ひどくなった気はしないのだが、よくもならない。
老人の身体には自然の回復力が乏しいのだからどうしようもない。

午後雨も上がり日射しも出て来たので、幾分暖かく生気が戻る。

先日も言ったことだが、ここ1、2年の間に同窓会の名簿からのぞかれたものが15名を越えた。
振り返ってみると皆92、3歳以上になったものばかりである。えらく沢山長生きしたものである。そしてまだ私のように生き残っているものが僅かだがいる。

決して平和な時代では無かった。一つの命では足りないくらいの際どい生き方を再三して来た。
それでも結果的には平均的より永く生きて来た。どうしてだろうと不思議である。

思うに戦場で弾に当たって死ぬるのはごく僅かだということかも知れない。
アメリカさんも後には考えて手段を変えた。東京空襲のように焼夷弾で焼き殺す、沖縄のごとく火炎放射器で隠れ穴に潜むものを火あぶりにする。最後は原子爆弾だ。正に一網打尽だった。

人類の戦争の歴史は永い。人類の生き残りそのものがその歴史といってよいくらいだ。
未来永劫戦争は続くだろう。生き残る為の宿命なのだからしかたがない。
希望するものから順番に、それこそ平和に痛みを感ずることなく死にたいものである。
誰かそんな方法を考えつかないものだろうか。

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