« 政局はあらぬ方向に動くか | トップページ | 石油は危機、アルコールは未だか »

2012年3月19日 (月)

戦局の判断の誤り

夜明けのボーッとしたなま暖かさが、春いよいよ深きを感じさせる。iPhoneが気温8度を表示している。

昨夜は咳が頻発して、堪える工夫を案じたりしながら眠ったのだったが、今朝起きると忘れたように咳き苦しさが遠のいている。あれっ治ったのかな。
今朝の一服が最後の薬だが、家内が少しひどくなってるようだから譲ることにする。

しかし風邪ってえ奴は油断がならないからなあ。何時又ひどくなるかもしれないし。いやに暖かい天候が気になる。

昨夜は十朱幸代さんが深夜便で過去を語っていた。忘れられない女優の一人である。主役というより脇役でいつもきらりと光っていた。ときどき主役を食ったりしながら。
その存在も私はその親父さんの不思議なキャラクターが気に入っていたから、えらくまともな娘だなとその添え物の感じで記憶に残る程度だった。しかしいいバイプレイヤーだったな。

私の幼年時代には英雄豪傑が沢山いた。乃木大将や東郷元帥はすぐ目の前に現実に存在していたし、未だ学校にも行ってないのに豆講談の受け売りで由利鎌之助、塙団右衛門、岩見重太郎などがいた。
さしずめ今は鉄仮面や仮面ライダーなどだろうが、名前から嘘らしくて、子供はほんきにはしてないだろう。
夢と現実がないまぜになって、楽しかったものである。
あこがれは総理大臣か陸軍大将か、目標が太かった。すぐ手の届くものでは無かった。

テレビやパソコンが子供の夢をつぶしてしまった。不幸な時代と云えるかも知れない。

今山下奉文という文庫本を読み終わった。著者は福田和也である。
私が満洲斐徳の独立自動車第31大隊で任官したとき、ふと直属上官に当時赫々たる名声の山下将軍を戴いたと聞かされた。まさにうっそーと目の前を疑った。
いよいよソ連とも戦端を開くかと身震いした。

私自身増強された部隊に配属されていたし、動員部隊はどんどん近郷に増えつつあった。
広野のど真ん中であるから、誰でも眼に見えて判ることであった。総勢百万だと囁かれた。

士気の高まりは格別であった。
訓練演習の酷しさに引き換え、一向に火ぶたを切る気配は見えなかった。
丁度部隊の情報掛将校でもあったから、部隊一番情報には詳しくなっていた。

しかし上下の違いが大き過ぎて、山下方面軍司令官が何を企図していたか知る由もなかった。彼のいた2年間私達は待たされ続けた。独ソが火ぶたを切り、日本も巻き添えかと思っていたが、すでに早まって英米に宣戦布告していたし、広い中国大陸には相変わらず釘付けになってるし、余力のあるなしは私にはわからなかった。

狭い戦場を馳駆するには、ドイツ機械化部隊は効果的だったが、広い凍てついたロシアの広野では勝手が違っていた。鋭さが急激に鈍った。長期滞陣が予想され始めた。
日本も同じく広過ぎた戦場にほころびが続出し始め、2年後にはサイパンにまで攻め込まれてしまった。
剣が峰でソ連に戦いを挑む力のないことに気がついていた。

ソ連との中立条約を信頼して、我々動員部隊を解いて南方に転用を図った。が時既に遅く制海権、制空権は敵にあり、配置行動の徒次海の藻くずとされた部隊が続出した。

私達も戦後最大の無為無価値の作戦と云われた、湘桂作戦に投入され、一万台もの自動車部隊が道路なき山野にいたずらにうごめき、圧倒的な敵空軍の餌食となった。肝心な燃料もいたずらに焼失するばかりで、死にものぐるいになって作ったアルコールもこれまた時既に遅かった。

山下将軍の使い方を誤った以前に、日本の政局の中枢の判断の誤りがもう抜き差しならなくなっていた。

|

« 政局はあらぬ方向に動くか | トップページ | 石油は危機、アルコールは未だか »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/157907/54259557

この記事へのトラックバック一覧です: 戦局の判断の誤り:

« 政局はあらぬ方向に動くか | トップページ | 石油は危機、アルコールは未だか »